銃口が向けられ引き金を引くまでの僅かな時間で、ジルは即座に判断して弾丸を避けた。
避けたその先には、未だ動けぬ状態のジェイミーがいた。
彼はジルと目が合うと、本当に聞こえぬ程の掠れた声で呟いた。

「にげろ」

唖然として、ジルは彼を見つめた。
ジェイミーの普段の性格からして、まずそんなことを口にするはずがないのだ。
何かしらジルは返そうとしたが、からんからん、と軽快な金属音に口を閉ざした。
見れば、ピンク頭の男が空薬莢を捨てた音だ。
次の弾を詰めようとしているが、ラズがそれを阻止するように、ナイフを男に振り下ろす。
男は装填を諦めると、ナイフから逃れるように身を翻した。
それを見ていたジルは、意を決したように閉ざした口を開いた。

「……あたいは、あんたの言うことなんか、大人しく聞いてやれないね」
「!」
「あたいはあたいのやりたいようにするだけだ。文句があるなら、さっさと起き上がってあたいを止めることだね」

ジルは鳩が豆鉄砲を食ったようなジェイミーに笑いかけると、右手に握ったままの小太刀を見下ろした。
ラズは少しでも男の正体を暴こうと対話を試みているが、男はさらさら明かす気はないだろう。
それならばいっそのこと、片付けてしまった方がいい気がする。
何者か吐かせるなら、それからでも遅くない。
この訳も分からぬ男なら、首をはねても話しそうだ。
我ながら残酷な想像に失笑すると、幾分リラックスした気分で小太刀を構えた。
男はラズに対抗すべく、ダガーナイフで応戦している。
ラズとの戦闘に夢中で、こちらに気は回っていない。

「すぱっと見せとくれよ、あんたの赤い血をさ」

ラズとの位置が入れ替わり、男の背がこちらに向く。
その瞬間、ジルは地を蹴ると男の背中をひと思いに切り裂いた。

「っ!?」

だが、刀身はアキの背中に届かなかった。
アキはその場で半回転すると、ラズに回し蹴りを脇腹へ見舞った後、ダガーで小太刀を受け止めた。

「もっと速く動け、じゃなきゃ俺様は斬れないぞ」
「この、馬鹿にして!」

軽く刀を押し付けて間合いを取ると、ジルは混乱する頭を必死に落ち着けようとする。
だがどうしても解せない──先程のスピードは、全力ではなかったにしろ、人間が肉眼で捉えるなど余程でないと無理だ。

「次はこっちから行かせてもらおっかな?」
「え……なにっ!?」

宣言、同時に彼の姿は掻き消えた。
混乱した頭では事態の把握にとてもではないが、追いつけない。
人間より発達した五官を兼ね備えているのに、相手を捉えられない。
ジルがその体を勘で右へ傾けたのは、正に奇跡がもたらした結果だった。
左側面を、身が切れそうなスピードで風と共に何かが掠った。
その正体を見た時、ジルは心臓が止まる思いだった。
ジルの体すれすれに、ダガーを握ったアキの腕が突き出されている。
避けていなければ、ジルの体は背中の肉を抉られていたろう。
だが安心したのも束の間、アキは手中でダガーを逆手に持つと、ジルの腹部目掛けてそれは引かれた。

「う、ぁ!!」

間一髪地に伏せ横転し避けたものの、脇腹を軽く刃先が触れた。
触れた瞬間、熱せられた火箸を柔肌へ直に押し付けられたような感覚が、その一点で爆ぜた。
一点とはいえ、ぶわっと全身の毛穴から汗が噴き出す。
触れただけなのに、こんな恐ろしい目に遭う理由は一つだけ。

「やっぱり聖水って、君たちには毒物なんだ?」

熱を発する箇所を押さえている彼女に、アキは近付きナイフをちらつかせる。
咄嗟に、ジルは痛みに耐えて体勢を立て直し、小太刀を薙ぎ払った。

「この野郎!!」
「やけくそにやったって当たらな……!!」

ジルの攻撃を易々と躱したところで、アキの表情が僅かに崩れた。
ばっと振り向けば、すぐそこにラズが凶器を振り下ろした形で立っていた。
その彼の顔には小さな笑みが浮かんでおり、アキの右肩に出来た裂傷をククリナイフの切っ先で指し示す。

「自分を過大評価しすぎだ」
「それは、やっと殺る気になってくれたってこと?」

浅いながらも確かに出来た傷口に指を這わせ、付着した赤いそれに、彼は口角を上げた。