彼女の話は、紅茶を一杯啜ったあと、静かに始まった。

「……精神世界は、先にも言ったように現実世界の鏡ですわ。…裏を返せば、現実世界は精神世界の鏡とも言えましょうね」

カップをソーサーへ戻し、一度その目に自身の庭を隅々まで映す。
彼女たちが会話している場所から、八方向に外界へと伸びる石畳の道。
その周囲を取り囲むようにして、様々な花々が咲き乱れている。
赤にピンク、黄色に白に…見ていて飽きないそれらが、我こそがと咲き誇る庭園は、溜息をつくほどだった。

だが、それらは全て──鏡に映されたもの。

「とても美しかった……例えようもないくらいに、この世界はただ美しかった。何故ならこの世界は、現実世界の美しさを凝縮したものだったのでしたから…」

アイスブルーの瞳が、此処でないどこかを見つめる。
冷淡な氷の輝きが溶かされて、柔らかな温かい眼差しに変化する。
それに伴い、表情も穏やかなものになる。
きっと、彼女の中の記憶に残る、この世界の美しさを思い返しているのだろう。

「わたくしは、その世界が愛しくて……誇りでしたの。そしてその世界で生きていくわたくしは、幸せそのものでしたわ」

でも、と。
温もりの宿っていた瞳が、一息に冷酷さを取り戻し、表情は鋼鉄のように硬くなる。

「何百年も前……この世界は、いま此処にあるわたくしの庭園を残して、美しさを失ってしまいましたの…」

ぎちっ、彼女の手に握られた扇子が、あまりの締め付けに悲鳴を上げた。
だがそれでも彼女の表情は変わらず、ただ淡々と当時のことを振り返り述べている。

「この世界には、人間でないもの達も住んでいますの…貴女もご存知のはずね?」
「………はい」

暗にそれが、『儀式屋』にいる吸血鬼をさしていると、ユリアは直感した。
同時に、急激に胃の辺りが鉛でも入ったのか、ずんと重たくなった。
何故なのか、理由は考えたくなかったから、目の前の麗人の話に耳を傾ける。

「でも彼以上に個体数が多い…いいえ、この世界の大半を占める最古の住人たちがいるのですわ。それは、悪魔と呼ばれる種族ですの」
「悪魔…?」
「……現実世界に描かれるような、異形の姿を想像したかしら?でも違いますのよ、この精神世界にいる彼らは人と変わらぬ姿…異様な能力と全員が淡い琥珀の瞳ということ以外ですけどね」

そして、すっと己の横に立つ男へ扇子の先を向けると。

「余談ですけれど、このリヒャルトも、その一人ですわ…ご覧なさい」

言われて、ユリアはリヒャルトの方を見つめた。
紳士的な執事は微笑して──琥珀の瞳が見返してきた。
少女は、あっと息を呑んだ。

「リヒャルトは今はわたくしに忠実ですけれど、昔はそれはそれは、粗暴な悪魔でしたのよ」
「陛下、そのような昔話は……」
「あら?恥じるような話でもないでしょう?今の貴方は、とても立派ですもの」

ふふっ、と艶やかな唇が弧を描くのを見ると、リヒャルトは閉口してしまった。
どうやら、やはり逆らえないようだ。
その様子を見ていると、ほんの少し、ユリアの中の気持ちが軽くなった。
リベラルはそれを見て取ったかのように、話を続けた。

「ああ…それで、言いましたように、彼ら悪魔がこの世界にたくさんいますの。ある時彼らは、精神世界から現実世界へと行こうとしましたわ…悪い言い方をすれば、侵略ね」
「しん……りゃく?」
「えぇ。わたくしはね、彼らが何をしても別に気にしませんでしたわ。だってこの世界は彼らのもの…わたくしが、口を挟むべきことなどではありませんでした」
「そんな……」
「あら、ユリアは100人中99人が戦争に賛成しているのを、一人で止められますの?」

口調は穏やかなのに、見つめてくる目は、恐ろしいほどに鋭利だった。
少女はそれに一言も言い返せず、俯いてしまった。

「そう…まさにその通りだったのですわ──当時のわたくしは」

ユリアが黙り込んだ後、その間を繋ぐようにリベラルは言葉を紡いだ。