束の間、庭園は優しいオルゴールの音だけが満たされていた。
体の底を揺り動かすようなものではなく、そっと心に寄り添うような音色。

…それが破られたのは、すぐのことだった。

「ああ……そうでしたわね。あの人、本当に気紛れなんだから…」

微かに言い方は皮肉めいているのに、彼女の表情は果てしなく柔らかなものだった。
それが何故なのかユリアには測りかねた。
が、次にこちらを見つめてきたアイスブルーの瞳は、少女の言わんとしていたことを理解していた。

「貴女、精神世界のこと、ご存知ないのでしたわね」
「え、…はい……」

何故か始めから知っていたかのような言い方に、些かユリアは首を捻った。
その疑問に、律儀にリベラルは答えてくれた。

「彼から聞いていましたの、貴女がご存知ないと。覚えていたのですけれど、実際貴女に会って浮かれていたら、忘れてしまったようですわ」

かちんと広げていた扇子を閉じれば、

「……このために、貴女を呼んだのですものね」

冷ややかな色を保つ瞳が、笑った。






「正直、僕は今回のはあんまり乗り気じゃなかったんだぁ」

唐突に、サンはそう呟いた。
時刻は昼間、だが決して光の届かないトンネルの中に、サンの声が響き渡る。
入口は黄色のテープが張り巡らされ、封鎖されている。
トンネル内の電灯は全て消灯しており、出入口付近であれば薄暗いながらも見える。
しかし中央などはとてもではないが視界は利かず、例え目の前に何かが迫っていても気が付かないだろう。
辛うじて、サンの銀髪や白のスーツが見えるか見えないくらいだ。
そんな中でも、サンは相変わらずの調子で話していた。

「ほぅ…?それはまた、何故かな?」

魔術師のすぐそばで、儀式屋の声がした。
本当に闇に紛れてしまっているために、居場所すら分からなかった。
サンには分かるのか、くるりとそちらを向いて。

「だってねぇ、過去に戻ってどうしようって話さ。過去を修正して、それで未来すらも変わると、本気で思ってるのかな?」
「……まぁもっともな正論だがね」
「でしょー?」

サンは儀式屋が賛同したことに気を良くして、更に話を弾ませる。

「そりゃあ僕だって、ちょっと過去に戻って…例えば可愛い子と縁を作るとか、遅刻を取り消すとかなら、それなりに許容もするよ。だけど、」

魔術師の声だけがこだまして、他には何の音ひとつ聞こえない。

「過去に戻って、人の死をなかったことにするなんて、とてもじゃないけど無理だよねぇ」
「……人の死だけは、どれほど変えようとも変わらないからね。もはやこの世にないものを、再構築など出来はしない」
「だから僕は、乗り気じゃなかったんだぁ」

かつん、足元にあった小石を蹴ると、飛んでいった方向が全く見えなくなった。
もう一度、同じ小石を見つけろと言うのは、不可能に近いことだ。
今回の願いも、それと同じ。
失ったものを、二度と取り返すことは出来ない。

「……だが、それをやってのけてしまうのが、サン、貴方じゃないか」

暗闇の中、見えはしないが儀式屋の口角が持ち上げられた雰囲気が伝わる。
それに対してサンは、やはりこちらも笑顔で返した。

「当たり前だよ、僕を誰だと思っているのさ?唯一の魔法使いだよ」

自信満々にそう断言すると、儀式屋の押し殺したような笑いが聞こえた。
だがサンはそれに怒ったりはしなかった、何故彼が笑ったのかが理解しているから。

「ふふ、そうだ…貴方は唯一の魔法使い…そう、その通りだ」
「ね?あー楽しみだなっ!」

くすくす笑いが辺りに飽和し、溢れ返ってあちこちからサンの笑い声が跳ね返ってきた。

もう間もなく、彼の獲物が現れる。