リベラルが静かに椅子に座すと、一斉にして辺りの空気が変化した。
目の前に座るその人が放つものが、強烈なほどに周囲に影響を及ぼしているのだ。
それに圧倒されたように呆然としているユリアに、女王はくすっと笑いを漏らした。
それで気付いたのか、ユリアは慌てて居住まいを正した。
それから、相手を労るように、おずおずといった調子で。

「あの……大丈夫、なんですか?」
「えぇ、大丈夫ですわ。わたくし、こんなでもそんな柔じゃないですのよ…リヒャルトが、やけに過保護なだけですわ」

麗人は涼やかな声で答え、背後に控える彼に笑ってみせた。
リヒャルトはほんの少し気まずそうな面持ちになるが、特に何も言わなかった。
リベラルは細く三日月形にした目を置くと、さっとユリアへ視線を返した。

「もうリヒャルトから聞いたでしょうけど……、わたくし、貴女となら大丈夫だと分かっていたの」
「……あの、そのことなんですが…」
「何故わたくしがそう思ったのか…と聞きたいのでしょうね。そうね、不思議でならないでしょう、ね」

リベラルは数回頷き、肩に落ちてきた緋色の髪を払い除けた。
それから、氷の輝きを凝縮した瞳を一度閉じて、ゆっくりとその答えを口にした。

「ユリアと会った理由はね、貴女がこの世界に近いからよ」
「‥‥‥‥‥は‥‥?」

女王から聞かされた答えに、ユリアは文字通り開いた口が塞がらなかった。
全く要領を得ない、のである。
リベラルは、しかし、そんなユリアを笑わなかった。
足りない言葉を、彼女は補っていく。

「言ったでしょう、この精神世界は、デリケートで傷つきやすい、そしてひどく不器用で強かな愛しい人間の内面と同じって。そしてユリア、貴女はその人間の内面そのものですわ」
「………!」

それは、ユリアがその話を聞いたときに頭を掠めた内容だった。
あの時は何も言及されなかったから、すぐに記憶の片隅へ追いやったのだ。

「でも、だからといって、貴女がこの世界そのものというわけじゃない。貴女は貴女、ユリアに他ならないわ。ただちょっと、この世界を他人より感じやすいだけなのですわ」

そこで一呼吸置くと、彼女は自らの庭園に目を遣った。
広く生い茂る、緑の世界。
そこに激しく自己主張する、様々な色の群れ。
それは、確かに彼女が数百年前から守り続けてきたものだ。
だがそれを見る目は、何処となく陰鬱で見下すかのような冷たさを含んでいた。

「わたくしはね、ユリア…この世界の痛みを受け取ることは出来るの。でも、喜びとか幸せとか…そうしたプラスのものは、全く分からない」
「…………」
「だからいつも怖かった…わたくしがしていることが、本当に正しいことなのか分からなかった。逆に世界を傷付けてしまってるんじゃないかとすら、思う時があったわ……」

やや下へと氷の眼差しを向け、はぁ、と重たい溜息をひとつ吐き出した。
その時ユリアは、先の目の意味を何となく理解した。
彼女が自分の全てと引き替えに護って来たこの世界。
世界の苦しみには気付けても、幸せは感じられない。
自分がしていることが、本当に世界のためなのかが、分からないのだ。
いくら愛でても、返ってくるのは悲痛な程に無反応。
そして時としてその身を襲う苦痛は、もしかしたら自分が元凶ではないのか。
だから自らが大切に護っているものも、疑いかかった目で見てしまうのだろう。

「何もなければそれがいい、と頭では理解できているのに、やはり何か形ある反応が欲しかったわ……そして、漸くわたくしは巡り合えたのです」
「……それが、私?」
「そう。貴女が泣いた時、わたくしは何故泣くのか聞いたわ。わたくし、覚悟していましたの。もしかしたらユリアから、恐ろしい言葉を聞かされるかもしれないって。でも違った…貴女は、ユリア、こう答えてくれましたわ。悲しくない、心が温かいと……」

リベラルは胸に手を当てて、ユリアの言葉を心に刻むように復唱した。
そしてあの昏い目ではなく、透き通った冬の空のような瞳で、彼女は笑みを作った。