「わ、たし……が…?」

目をぱちぱちとさせて、ユリアは微笑を保つ彼をじっと見つめた。
それから、考え込むようにして俯くと、大分温くなった紅茶に自らの顔が映った。
そこにいるのは、何処にでもいそうな14歳くらいの少女の顔だ。
いかにも普通で、全くリヒャルトがいう特別な要素は見当たらなかった。
ユリアがゆっくり顔を上げると、こちらを観察していたらしい彼と目が合った。

「……何故ですか?」

少女の口から出たのは、そうではないと否定するものではなかった。
慌てることなく落ち着き、ただその理由を静かに問いかけた。
問われた彼は、直ぐ様少女の問いに答えた。

「陛下が精神世界のルールとなられた時の代価としての自由は、その身も心も魂も全て精神世界に捧げ、世界を一身に引き受ける、というものです…つまり、精神世界が傷付いたなら、それは陛下がお受けになる、本来なら負わなくてよいものを、強制的に負わされているということです」
「……………」
「そしてそれは…誰かが、何かがこの世界に訪れた時にも発生するのです。陛下のご説明にもありましたが、この世界は非常に脆く出来ており、外部のものを受け入れるのは容易ではありません」
「……あの、それなら儀式屋さんのお店は、常にこの世界を傷付けてるんじゃ…?」

ユリアの働く『儀式屋』では、訪れる客たちは現実世界からの者たちもいる。
これは、世界を傷付けていることになるのではないのか。
だが執事は、緩やかに首を左右へ振った。

「『儀式屋』は精神世界と現実世界の狭間にあります。完全にこちらの世界のではないので、大丈夫なのです」
「あ……そうなんですか」
「はい。ですがそこまで考えて下さるとは、貴女様は余程陛下と精神世界を案じて下さったのですね」

そう言ったリヒャルトの顔は、とても安らかなものだった。
自らの仕える主のことを気に掛けてもらえたことが、彼には何よりの喜びなのだろう。
そしてその雰囲気を纏ったまま、彼はユリアへの回答を続けた。

「ユリア様がこの世界へいらっしゃった時、私は失礼ながらまた陛下を傷付ける輩が来たと、気に病んでいました。ところが、陛下は全く何の痛みも訴えられませんでした……それどころか、大層お喜びになって…」

“リヒャルト、今回の子はあの彼が、魔術師を裏切って手元に置くつもりよ!”
“わたくし、この子と必ず会うわ…必ずよ。きっと大丈夫な気がするもの”

「……そう陛下は仰せになられると儀式屋様をお呼びになって、ユリア様とお会いになる約束をされたのです」
「それは……」

そこからユリアは、言葉を何一つ紡げなかった。
この世界へ来たその時から、自分と会うことを望んでいたという事実。
まだ見もしない少女に、どうして彼女は期待をしていたのだろうか。
分からない、だがその気持ちの重さに、ユリアは答えられている気がしなかった。

(だって私は、ただの精神体で……?)

「……それは、私が精神体だから、ですか?」

口を突いて出たのは、思ってもみなかったことだった。
だが言ってから、それが妙にしっくりと心の中へ落ち着いた。
リヒャルトはユリアのその答えに、目を開いてそうです、と。

「貴女様が、儀式屋様が選んだ精神体であるからこそ、いいえ、でなければ陛下はお会いになる気は全くなかったはずです」
「そう…その通りなのですわ、ユリア」

リヒャルトの言葉の後に聞こえたのは、凛とした確かなその人の声。
はっとして見れば、赤い麗人が庭園と屋敷を繋ぐ彼女より尚濃い薔薇のアーチの向こうに、しゃんとして立っていた。
それと相反する色の瞳は、冷静さを保ってこちらを窺っている。
その姿は、会ったばかりの彼女と同じように、自信に溢れたものがあった。

「ごめんなさいね、ユリア。せっかく貴女と会えたというのに…倒れている暇など、ないのですわ」

彼女は、リベラルはそんなことを口にすると、確かな足取りでアーチを潜り抜けて、ユリアとリヒャルトのいるそこへと向かった。