泣き顔の中に咲く華やかな笑顔の少女の言葉に、リベラルはゆったりと頷いた。
それから彼女は、微かに口元を柔らかな形に変えた。
そして、全てのものを包み込むような声と眼差しを以て、少女へ。

「そう……わたくし、貴女のその言葉を聞くことが出来て…よかった、本当によかったわ…有難う、ユリア」
「え……?」
「有難う……本当に有難う、わたくし、とっても嬉しいわ…」

ありがとう、ありがとうと繰り返す麗人の後方、琥珀の瞳の彼はただ彼女を安堵したように見つめていた。

女王が礼を述べた理由は、おそらく少女には察しがつかないだろう。
だが、長く彼女の傍にいた自分は、その意味が容易く分かる。
女王の声が柔らかで、それでいてやや震えている、その僅かな差。
それだけでも、今リベラルがどんな気持ちなのかを推し量れる。
女王の喜びが、そのまま己の幸福に繋がる。
だからリヒャルトは、その琥珀の瞳を和らげることが出来るのだ。

暫く彼は頬の筋肉を緩めたままだったが、俄かにそれが緊張により硬化していった。
瞬きをするよりも早くリヒャルトの体は、突然傾いだ女王の側へと動いていた。
同時に、彼女の異変を知らせるかのように、鳴りを潜めていた小箱から、大音量で不協和音が轟く。
薄れていた香が、むわっと嘔吐くほどの濃さで園内に充満する。
テーブルへとしがみついた真紅の麗人を、脇からそっと抱えると。

「陛下!」
「ああ、リヒャルト…大丈夫、少し目眩がしただけ」
「いけません、お休みになられなくては」

腕の中へ納まった彼女が、リヒャルトへそう言った。
だがその声は、霧の向こうから聞こえるようで、とても大丈夫だとはいえない。
リヒャルトは口を一文字に引き結ぶと、女王を椅子から立ち上がらせた。
そのままふらりとしたリベラルを抱えて、呆然と此処までの過程を傍観していた少女に向き直った。

「ユリア様、少々お時間を頂きます」

ユリアの口が肯定の意味を為す音を形作る前に、彼は庭園から素早く身を翻していた。




「──先程は、失礼致しました」

既に小箱からの耳障りな音は絶え、今は厳かにメロディが流れていた。
一時期は呼吸するのも嫌になる程にきつかった香も、霧散してしまった。
訪れた時と同じに戻った場で、ユリアはリヒャルトに注がれた新たな紅茶を啜りながら、注いだ本人からその言葉を聞いた。
少女は音を立ててカップを置くと、黒髪がぶんぶん唸る程に首を振った。

「いえ!いいんです、気にしてなんかないですからっ」

本当にユリアはそう思っていた。
寧ろ、あそこでもたつかれた方が気にしていたと言っても、過言ではない。
それを悪魔の瞳を持つ男はどう取ったのか、とても申し訳なさそうな表情を作ってみせた。

「ユリア様は、大変寛大なお心の持ち主でいらっしゃるのですね…」
「あ、そんなんじゃ…」
「いいえ。そうなのですよ。陛下があのようなことになったのも、私の失態ですから。ユリア様は、私に怒りを感じてもよいのです」
「……リベラルさんは、大丈夫なんですか?」

此処にはいない人物の名が出て、そこで初めてユリアはリベラルの容体を問うことが出来た。
彼が戻って来てすぐに問おうとしたのだが、その顔のあまりの無表情さに何も言えなかったのだ。
リヒャルトは少女の問いかけに、一瞬琥珀の瞳を大きく見開き、それからああといったように。

「お伝えするのを忘れていましたね…陛下は、大丈夫ですよ」
「良かった…」

微笑を浮かべた執事が告げる、彼女が無事であるという吉報に、ほぅっとユリアは長く息を吐いた。
だが続く言葉に、開いた眉を寄せることとなった。

「いつものことです。お客様と面会されると、必ずですから」
「……必ず、ですか?」
「えぇ…」

リヒャルトはやや視線を下方へ向けると、一瞬その顔に俊巡を滲ませた。
それから、ユリアへと彼はその理由を話してみせた。

「陛下は…時間さえも縛られてしまっているのです」