「その男、下品な赤い髪でなくて?」

口元に何処か悪戯めいた笑みを乗せたまま、リベラルはユリアに質問した。
ユリアは目を見張って、頷いた。
すると女王は、扇子越しにくすくす笑いを漏らした。
何か面白いことでも言ったろうか。
そう少女が考え込んでいるとリベラルが口を開いた。

「貴女、騙されましたのよ」
「……騙された?」
「そう…わたくしのリヒャルトは、此処にいる彼ひとりですわ」

リベラルの傍に立つ彼は、やや困ったように微かに笑った。
暫くユリアは唖然として、穴が開くほど彼を見ていた。
やがて、その意味を十分に咀嚼したらしい少女は。

「……じゃあ、私が会った人は…」
「下品な赤い髪の男は、ミシェルといいますの。彼、決して貴女を騙したくてそうしたわけではないはずですわ……そう、貴女を此処まで、連れてきたのでしょう?」
「はい、そうです…けど」
「ならば許してやって下さらないこと?あれは気紛れにそうして名を偽るもので、わたくしも手を焼いておりますのよ」

そういった女王の美貌には陰が差していた。
何だかとてもいたたまれなくて、ユリアは色々と思ったこともあったが、それは胸の奥にしまうことにした。
その代わりに頷いてみせると、リベラルは再びその顔に微笑みを浮かべた。

「さぁ、せっかくのお茶が冷めてしまわないうちに、いただきましょう?」

すっと指輪のはまった指先が小箱を撫でると、軽快な音楽が辺りを包み込んだ。







……庭園は限りなく美しかった。
咲き乱れる花々が醸し出す甘やかな香りが立ち込め、だが決して嫌なものなどではなかった。
また、それに絡まるようにして、陶器の小箱から絶えず溢れだす音楽は、心地よい気分にしてくれる。
ユリアは暫くそれらに心を奪われ、ふわりと体が軽くなったような感覚になった。
が、不意にテーブルの向こうの紅の人から声をかけられ、抜け出していた体へ引き戻された。
その衝撃に、僅かに体が跳ね上がった。

「は、はい、何でしょうか」
「いいえ?ただ、あまりにも見惚れてらしたから…貴女、花はお好きなのかしら?」
「……好き、な方だと思います」

特に好きというほどでもないが、決して嫌いということはない。
ずっと観賞していても、苦にはならないくらいだ。

庭園の隅に咲くダリアに目を留めながら、ふとユリアは思ったことを口にした。

「……精神世界って、現実世界と似てますよね」

此処へ来るまでに見てきた建物も、此処に咲き乱れる花々も。
この庭園を照らす陽の光に、それを遮り地に影を落とす雲も。
どこまでも、現実世界を写した鏡の中のようだった。

「当然ですわ。精神世界は現実世界の鏡であり、廃棄処分の空間ですもの」

さらっと、リベラルの口から回答が返ってきた。
その言葉に、ユリアは慌ててダリアから目の前の美貌の持ち主へ視線を移した。
女王はその様子に気付いた風もなく、言葉を続けた。

「かつては表裏一体で鏡のようだったというのに……今では、現実世界のいらぬものを捨てるための場所……酷いものね、あれほど美しかったのも、何百年前かしら…」
「……あ、あの…?」
「どうかしましたの?…ああ、お茶がもうないんですのね?リヒャルト、ユリアに注いで差し上げて」

ユリアの困惑した声を、そう判断した女王は傍に立つ執事に声をかけた。
向日葵色の少女は彼女の勘違いに、違うんです、と否定の言葉を述べた。

「違う…?あら、では何かしら…?」
「……恐れながら陛下、ユリア様は陛下のおっしゃられたことに対して、何かあるのではないかと」

ユリアが答えるよりも早く、温かな琥珀の眼差しを持つ彼が、静かに彼女へ進言した。
そうですね?と視線だけで問われて、少女はひとつ頷いた。
リベラルはといえば、リヒャルトに言われて初めてその事実に気付いたかのような顔をした。
もしかしたら、本人は当然のことだからユリアも知っていると、思ったのかもしれない。