しゃらん…

今にも空に手が届きそうな高さの塔、その最上階。
開け放たれた窓からは、柔らかな陽射しと、ほんの少し温かな、春の風が舞い込んでくる。
それは悪戯に金属的な何かを震えさせ、涼やかな音を奏でさせた。
心地よい音は狭い室内をすぐに満たし、そこで眠りに就いていた者の耳にも届いた。
その者は、微かに笑ったらしかったが、まだ目を開けようとはしなかった。

「……何時まで狸寝入りしてるつもりですか」

やがて、涼やかな、しかし金属の音ではなく人の声が響いた。
起きていたことを見抜かれた人物は、耐えきれず笑いだした。

「何だ、最初っから気付いてたのか?」
「当たり前でしょう、こんな真っ昼間から、貴女が寝るわけないでしょう」

やや呆れたような低い声は、未だソファから起きあがらない彼女に近付く。

しゃらん しゃらん

どうやらこの金属の音、漆黒の僧衣を纏った彼の、装飾品の音らしい。
手首に填められたいくつものブレスレットが、互いに擦れる度に鳴る。

しゃらん しゃら…ん

「で?余の顔でも見たくなったか?」
「聖裁です」

ブレスレットの音が止み、立ち止まったことに気付いた彼女は、その陶器のように真っ白な顔を上げ、茶化した。
だが返ってきた返事に、悪戯な表情は急変する。
そこにあるのは、狂喜を見いだしたかのようなもの。

「ああ…だからこんなにも血が騒いでいたのか」
「ですので、そろそろ引きこもり生活も止したら如何ですか」
「いつも汝は失礼だな…別に引きこもっていた訳では──」
「朝のミサにすら出ていないこと、局長に報告しても?」
「さて、余の服は何処だったかな」

都合の悪いことでも言われたのだろう、彼女はばね仕掛けの人形のように、ソファから勢い良く起きあがった。
さらっと、日に当たったことがないような白い首筋を、色素の薄い茶髪が流れた。
それを払うと、彼女は探し物をすぐさま見つけ出す。

(……いつもこのくらい、素早いと僕としても大変助かるんですが)

目の前で、先程までだれていたとは思えないほど、準備を手早く済ませていく彼女。
彼は心の中でそっと溜息を零した。

「よし、出来た」

その声に顔を伏せていた彼は目を上げ、灰色の瞳と視線を絡めた。
黒い尼僧服を身に纏い、薄い鳶色の長い髪は左右で結わえられている。
そして首からは、ロザリオが下げられていた。

それは、いわゆるシスターと呼ばれる出で立ちだ。
しかしながら、彼女の表情や雰囲気は、ただただ巡業に励む尼僧のものではない。
まるで今から、戦にでも行くような、刺々しさを覗かせている。

そんな彼女の姿を視界に収めると、彼はこの部屋に入ってから、初めて笑みを見せた。

「では、参りましょうか」

その笑みを絶やさぬまま、殆ど黒に近い濃紺の髪を携えた彼は、彼女を促した。

「ああ、久しぶりに、楽しめそうだな」

しゃらん しゃらん

ブレスレットの音に合わせて、春風に追い立てられるように、彼らは部屋を後にした。