やや面倒そうな表情で、儀式屋は“約束……彼女…待ツ…”を無機質な声で繰り返す烏に近付く。
椅子に引っ掛けてあった闇色のコートを手に取り、ふと彼をじっと見ている面々に振り返った。
そして、こちらは反対に嬉しそうな、長い前髪を弄る男に、顔をしかめた。

「J…何故そのような顔を君はするのかな」
「儀式屋が、月一回の大好きなお出掛けに行くからじゃない?」
「……私は一度たりとも、そんなことを言った覚えはないがね」
「だったら何でわざわざ自分が行くのさ?儀式屋の代替なんかいくらでも利くのに…好きとしか思えないよ。ね、ヤス君?」
「え!?お、俺はそんなことこれっぽっちも思ってないっすからね?ね!?」

急に話を振られ、必死に彼は否定しているが、顔がにやけていたのを見ていた儀式屋は、頭を横に振った。
代理が利くならば、代理に任せるに決まっているではないか。

「……あの奥様が、そういった類のが嫌いだって、貴方たちもよくわかってるでしょうに」

横からそっと、アリアが儀式屋に助け船を出した。
ちらっと見遣れば、今のうちに行けと返してきた。
儀式屋は僅かに口角を持ち上げた。

「知ってるさ、だけどあの人の儀式屋への執着は異常じゃない?」
「またそんなことを言って…」
「俺は、事実を隠して喋らない主義なん……あー!」

美女との会話につい熱中してしまい、Jが気付いた時にはもう儀式屋はいなかった。
金瞳をアリアの方へ向けると、悪戯な笑みが目に映った。
はぁ、と大袈裟に溜息を吐けば。

「いじり損ねたじゃないか、アリアー」
「ごめんなさいね、儀式屋が急いでたものだからね」
「折角、月に一度のお楽しみだったのになぁ」

もう一度、残念そうに溜息を吐いた。
そんな彼を少し笑って、ヤスは真向かいに座って、ぽかんとしている少女を見た。
完全に蚊帳の外だったから、何が何だか分かっていないのだろう。
わざとらしくヤスは咳払いをして、隣の男を小突いた。
Jは物言いたげに眉を寄せたが…彼の言わんとすることが分かったのか、急に笑顔を作った。

「ごめんね、ユリアちゃん!無駄話はこのくらいだからさ」
「あ、いえ…気にしてませんから…」

現実に意識を引き戻され、ユリアは緩く頭を振った。
そう?とJは首を傾げ、それからアリアの方へ顔を向ける。

「で、アリア。ユリアちゃんに何話せばいいの?」
「あら察しがよいこと…とその前に、貴方たち、仕事は?」

ほんの数十分前、儀式屋により彼らは追い立てられたばかりだ。
先程はどうやら儀式屋に用があったらしいが、今はもう留守だ。
いつまでも、油を売っている場合ではないだろう。

「ああ、姐さん、俺たちそのことで此処に来たんすよ」
「?どういう…」
「時間。見てみてよ」

アリアは室内に置かれた時計を見る。
とすぐに、彼女は納得したような面持ちになる。

「儀式屋に、騙されたのね?」
「そうなんすよ!十分前どころか、一時間半前だったんすよ!」

酷いっすよね、詐欺っすよね!あの人嘘吐きじゃないっすか!?と、本人が聞いたらただじゃ済まされないことを、わぁわぁヤスは口に出した。

「……ま、だから一時間は余裕あるよ」

のっぽの同僚はそのまま放置して、アリアの指示を仰いだ。
美女は指先を口にあてる。

「……そうねぇ、貴方たちの紹介をした方がいいんじゃないかしら」
「あーそうだね。じゃあ俺から」

アリアの提案に早速乗ったJが、赤い髪の下から覗く片目をユリアに向けた。

「俺はJ。儀式屋の代理とか、適当な雑用係してまーす。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」

ぺこりとユリアはお辞儀をする。
それから顔を上げた少女の、ちょっと不思議そうな表情に彼はすぐ気付く。

「言っとくけど、Jってのは本名じゃないよ。でも、ま、Jってのでここじゃ定着してるから、それでよろしく」

と白く尖った歯を零して、彼は戯けてみせた。