嫌な予感がして急ぎ足で屋敷に乗り込んだが、残念ながら予感は的中した。
たった今までくまなく捜したのだが、悪魔は一匹たりとも屋敷にはいなかったのである。
予想されていた事態ではあったが、よもやここまで早いとは。
はぁ、と額に手を当てて深い溜息を一つ。

「……一度、本部に──」

かたんっ

連絡をとろう、と言い掛けたその時、本当に微かな音を、彼らの耳は捉えた。
二人して見合うと、揃って部屋の奥を見つめる。
彼らがいる部屋は、やたらと物で溢れ返った物置といって差し支えない部屋だった。
ゆえに、立つ場所によっては、物が死角となってしまう。
だが、此処はたった今哨戒したばかりなのだ、物音がするはずないのである。

「先輩……」

新米神父が小声でベテラン神父を呼び、そっとある方角を指差した。
そちらを眼球だけ動かして見やれば、窓が開いてカーテンが風に柔らかに靡いていた。
瞬時に理解して、うん、と一度目配せをすると、物音を立てぬように、彼らはその場所へ近付く。
手にした銃をしっかり握り締め、確実に一歩ずつ距離を縮める。
机を乗り越え、積み上げられた椅子を崩さぬように通り、埃を被った蔵書のその向こうに──

「箱……か?」

息を殺して銃口を向けたが、二人の神父の目にはただ、玩具箱のようにごちゃごちゃと物が突っ込まれた箱が置かれている光景が映った。
その箱から、溢れた置き時計やら人形やらが床に落ちている。
それ以外には何も変わった様子はない。
それらがたった今、風に煽られて落ちたと見るべきか、それともこの中に何か“いる”と見るべきか。

「待て」

早速中身を物色しようとしていた新米神父に待ったをかけ、下がれと命令する。
素直にそれに従ったのを見届けると、自身が箱に近付き箱に足をかける。
そして、気を引き締めると、一思いにそれを蹴り倒した。
がらがらと大きな音を立てて箱は中身をぶちまけた。

「!」

中から出てきた“異物”に、ベテラン神父は銃口を向け、引き金を弾いた。
が、撃鉄が弾を弾き出した時には、既にその場にはいなかった。
さっと身を捻り後方、何かが走り抜けて行くのを捉える。
無様にも背をこちらに向けるそれに、容赦なく一発を撃ち込んだ。

「うぁっ…!」

小さな悲鳴を上げ、一瞬動きが鈍る。
その隙に、もう一人の神父が追いついて床へと叩き伏せた。
すぐさま側へ駆け寄ると、ベテラン神父は眉間に皺を寄せた。

「子どもか」

新米神父が馬乗りになって取り押さえているのは、小柄な少年だった。
膝を着いてしゃがみ込むと、金の髪の毛を一房掴み、頭をそのまま持ち上げる。
と、痛みを堪えて震える琥珀の瞳と神父は目があった。

「他の仲間は何処にいる?」
「………っ、そんなの、知らないっ」
「嘘を吐くな。お前のようなガキが、一人でいるわけないだろ。さぁ、早く言え」
「だから、ぼくは何も知らないっ!」
「……もう少し痛い目に遭えば、口を割るか?」

すっと男は立ち上がると、悪魔を見下ろす。
そのまま足を後ろへ軽く引き、一気に悪魔の横面目掛けて蹴りを放った。

「あがっ……!」
「どうだ、少しは話す気になったか?」
「………っ………」
「まだ足りないか?だったら、もう一度……!」

そうしてもう一度、同じように足を振り上げた時だった。
突然、ベテラン神父は頬に強烈な打撃を加えられて、積み上げられた書籍を盛大に崩して倒れ込んだのである。

「先ぱ……ぐぅっ!?」

突如として起こった現象に、新米神父が驚いて呆然としていると、即座に自身も同じ目に遭わされてしまった。
空の箪笥に激突して、顎と後頭部への痛みやら視界の不安定さを覚えつつ、何とか立ち上がる。
と、ぼんやりながらも見えた光景に、彼は目を見開いた。
金髪の少年悪魔を抱えた第三者が─サングラスを掛け、赤と白という奇抜な髪の色に、漆黒ながら何処か反社会的な服装─そこにいたのだ。
明らかに、そいつがたった今自分たちに攻撃してきたのだろう。