そして今夜。

魔法使いとのことを話したユリアは、もちろん取引の日のこともマサトに告げた。
するとマサトは、なんとついていくと言い出した。
それだけは駄目だと何度言っても、彼は首を縦に振らなかった。
ユリアは考える──家に戻れば、確実にマサトに捕まる。
そこで、親には友達の家に泊まると言って、なんとか彼を避けようとした。
ユリアが制服なのは、そのせいだ。

なのに、だ。


「マサト…どうしたらいいの…?」

あの時、意地でも言わなければ、こんなことにならなかったのに。
ユリアは深く後悔し、同時に憤りも感じた。
何故、契約を違反した自分ではなく、マサトがあんな目に遭うのか。
それがどうしても解せなかった。
それともあれは、マサトを人質にでもしたということだろうか。
魔法使いの「お前を帰さない」という言葉を思い出して、そんな考えに辿り着いた。
そうすれば、ユリアは帰るに帰れない。
マサトに教えてしまったことに責任を感じているユリアは、見捨てるという選択はどうしても出来ないからだ。
つまりは、マサトを助けるために再度少女はサンと会わなければならない。
その時こそ、ユリアは本当に帰れなくなる。
もしそうだとしたら…いや、これは仮定ではなく、必然だ。

自分のそんな考えに、嫌な汗が背を伝った。
逃げ出したあの時、一緒にマサトも連れていくべきだった。
かといって、あの状況下では自分だけで手一杯だったため、他人になど気が回るはずもない。
それにマサトは、あの闇を纏ったかと思うほど、影のある男に抱えられていた。
とてもではないが、敵う相手とは到底思えなかった。

はあ、と重たい溜息を吐いて、ユリアは夜空を見上げた。
夜色の雲が空を覆っていて、目眩いはずの星々はその中に埋まってしまったらしい。
街灯の明かりだけが、唯一の光源だった。
しかしそれも、ちかちかと点滅しているものだから、実に頼りなさげである。

「…これから…どうしよう……?」

無論、マサトを助けることが、最優先事項だった。
しかし、あのレストランへ戻ろうにも、今のこの足では着くには長い時間を要する。
もしかしたら、違う場所へ移動したかもしれない。
となると、もはやユリアには手の出しようもないのだが。
次々と浮かぶ最悪の場合を、想定していた時だった。

「ん……?」

ふ、とユリアは来た道とは反対側を見た。
そこから先は、街灯もぽつりぽつりとあるだけで、ほぼ暗闇の状態。
何も見えない、だが確かにユリアの耳は何かを捕らえた。
だが音が小さ過ぎて、しっかりとは聞こえなかった。
ユリアは耳を研ぎ澄まして、その音を拾おうとする。
次第にそれが、何かの単語を発していると分かった。
そしてそれが、誰の声かも。

「…り…………あ…」
「………マサト…?」

そう、その声は紛れもないマサトのものだった。
ユリアはその声が“ゆりあ”と、闇の向こうから呼んでいるような気がした。
するとどうだろう、それまで重くて動かなかったはずの足が、急に羽のように軽くなった。

少女は立ち上がると、導かれるようにふらふらと、闇へ踏み出していった。