吹きかけられた紫煙と情報を拒絶するかのように、ヤスは顔を横に振った。
今し方聞かされたそれは、自分の中で処理するには些か大きすぎた。
正しいのかどうかを、考えれば考えるほど混乱してくる。
混乱し出すと──そんな思考が、煩わしく愚かに感じてくる。
悩む程の価値あることじゃないだろうと、元々考えるのを苦手としている性分も手伝ってか、ヤスはふと開き直った。
迷った時は、自分の直感を信じる。

「……そうだったとしても、俺はダイナさんを信じるっすよ」

短く息を吐き出し、ヤスは思い定める。
本当か否かなど、分かるわけがない。
だが信じるか否かであれば答えは簡単だ。
そんな彼を愚か者でも見るかのように、エドは鼻を鳴らした。

「どうしてそんなことが言える?あの女はたった今、俺を裏切り、これからお前も裏切ろうとしているのに?」
「ダイナさんは裏切ってない…ただ最初っから、あんたなんかに協力する気がなかっただけっすよ」
「はっ!馬鹿をいえ、そんなわけあるか!」

哄笑を彼は漏らした。
ダイナが最初から協力する気がなかった?
そんな馬鹿げた話、有り得ないのだ。

「俺はあの女に言った。協力しねぇと、アンソニー共々ミュステリオンの地獄にぶち込んでやるってな。あの女は、それはそれはアンソニーが大切だ。最初から協力する気がない?あの女一人で、一体何が出来たというんだ」

そのために、何度もこの館の周りに悪魔たちを送り、妙な気を起こさせないようにしたのだ。
少しでも不審な動きがあれば、彼女の大切なものを奪えるように。
だからたとえ不本意だったとしても、協力せざるを得ない環境に彼女はあったのである。

「あいつはただ、自分にいい方へいい方へ渡り歩き、都合が悪くなりゃお得意の逃走。それの繰り返しだ。しかし馬鹿な女め……逃げたってもう今度は道はねぇ、俺が何もかもバラして終わりだ!」
「……あんた、それでも元諜報員なんすか?」
「……なんだと?」

弧を描いていたエドの目が、凶悪な程につり上がった。
裏切ったとはいえ、自分の仕事を貶されたのに腹が立ったのだろう。
逆にヤスは、迷いを振り切ったような真っ直ぐの瞳を向ける。

「ダイナさん、言ったっすよね?アキさんのこと、殺してないって」
「それが何だ、俺の背後にでも潜んでるってか?」
「アキさん、多分今頃は悪魔を捕まえてると思うっすよ」
「……っ、どういう意味だっ?」

一瞬、顔に驚きが出そうになったが、意識してそれを押さえ込んだ。
こんな男に、心情を悟られるわけにはいかない。
努めてただ不愉快そうな雰囲気を出して、こちらを見てくる男を睨み返す。
だがその努力も虚しく、ヤスの言葉を前に徐々に崩れていく。

「だから、アキさんはあんたが呼んだ悪魔を捕まえて、ミュステリオンに引き渡すって意味っすよ」
「何を馬鹿な……捕まえるなど、あんな人間にっ」
「……ああ、あんた、あっちのアキさんを見てないんすね?」

不可解そうな神父に、ヤスはふと今気が付いたかのように呟いた。
そして、およそ普段の彼には似合わないような、不敵な笑みを顔に刻んだ。

「アキさんが、悪魔如きに負けるわけないじゃないっすか。余裕で勝って、おしまいっすよ」
「そんなふざけた話、あってたまるか!」

勢い良くヤスの話を否定しようとしたが、エドの顔色は僅かに青くなっていた。
口を戦慄かせ、煙草を思わず落としそうになる。
彼の全身が、嘘だと叫んでいた。
だがそんな彼に、優しくそうだと言ってくれる者はいなかった。
ただ純粋に、それでいて残酷な真実を告げる、彼だけがいた。

「ふざけてないっすよ?というかあんた、ミュステリオンなのにアキさんの名前知らないんすか?」
「……は…何の話だ…?」
「だってアキさんは──」
「お前たち、いったい何をしている!」

ヤスが口にしようとしたところで、それはやたら怒りを孕んだ声によって妨げられた。
二人同時に振り向けば、階段の踊場にこの館の主と少女が、めいめいの表情を浮かべて立ち尽くしていた。