ミシェルがユリアを背後へ庇うように立ったのを盗み見ると、眼前の敵へ意識を向ける。
とてもシスターには見えない、死神のような出で立ちをしたエリシアは、吐息を一つ。
隣に控える男の肩に手を置いて。

「Jよ……あまりサキヤマを刺激してくれるな。汝と違って、サキヤマは繊細な男なのだ」
「そりゃ悪かったね。で、こんなとこまで追い掛けて来といて、何の用?」
「無論、先程の件だ」
「だーから言ったじゃん、あんたたちじゃ裁けない人って」

しつこいなぁ、といったように口を尖らせると同時に、エリシアは駆けると突然メイスをJの頭上へ振り下ろした。
思わずユリアは目を瞑ったが、即座に聞こえてきた陽気な声に目を開いた。

「怖っ!何怒ってるんだよエリシア?」

上手く避けたらしい彼が、古びて皮の破れたソファの上に片足を付いてしゃがんでいた。
Jが着地した拍子に舞い上がった埃が、薄暗い室内にじわりと広がる。

「……まだ戯言を申すかと、余はいうておるのだ」
「……は、戯言?何、つまり俺が嘘吐いたって?」
「いかにも」
「根拠は?」

双方の間合いは、どちらかが攻撃を仕掛ければ、それに迎え撃つことが出来る程度。
言葉を交わしながらも、その機会を窺う様は、今にも敵の隙を見付け飛び掛からんばかりの獣そのものだ。
そんな剃刀色の目を光らせる獣は、埃を薙ぎ払うようにメイスを振れば、自信たっぷりに言い放った。

「此処へ至る道中にサキヤマが言うたのだがな、そのような小娘の所有許可は誰にも出してはおらぬのだ」
「……何?」

ユリアたちの場所からJは少し離れているため、薄暗闇の中その表情は分からない。
だが、その声で彼が当惑していることが窺えた。

「汝も知っているであろう。この世界で何かを所有するためには、我々ミュステリオンが許可する必要がある。だが、その許可が下りたという話、全くミュステリオン内には聞こえない」
「……………」

絶対的な自信と共に断言したシスターに、Jは何も言わなかった。
ユリアは話の流れを追いながら、一抹の不安に駆られる。
まとめればそれは、ユリアが認められない存在であるということ。
ざわっと全身に怖気が走り、目の前にある軍服の裾を少女は掴んだ。
引っ張られる感覚でミシェルは気付いたようだったが、掛ける言葉がないのか横目にユリアを見ただけですぐ視線を戻した。
薄暗いこの空間を、呼吸音すら殺すようにしていた静寂は、エリシアにより消された。

「さて……これで汝が余らへ虚偽の証言をしたことが事実となったわけだが、どうかの?」
「ますます面白い状況になってきたって感じかな?」
「……はぁ?」

予想していたものとは異なる回答に、エリシアは思わずそう呟いた。
彼女の後方、未だに入口に立つサキヤマも怪訝な表情をしている。
ユリアの位置からは確認出来ないが、恐らく赤毛の彼も同じであろう。
ただJだけが、この空間で晴天の下にいるような笑みをしている。

「俺は嘘を吐いた覚えはない、そして何故許可が下りていないのかの理由も分かった……だから、面白いなって」
「支離滅裂であるぞ、J。だがもし汝のいうことが万が一にも合っていたとしてもだ、こちらが認めておらぬということは、そいつを罰する権利が余らにはある!」
「いいや、幾ら君でもそれは不可能だ」
「何故そこまで断言出来……否、それはどうでもよい。問題は一体それは誰かということだ」
「なら、いつも君たちがする方法で教えてあげるよ」
「何だそれ、は──!!」

言い切る前に、男の足がエリシアの顎を狙って放たれた。
間一髪、エリシアの持つ本能がそれを避けた。
上体を反らし、後方へ宙返りをして着地、直ぐ様体勢を立て直すと、攻撃的なシスターは吸血鬼を射殺すように見た。
だがその表情が不機嫌かと問えば、そうではない。
寧ろ、欲しい物を手に入れた子供のように、嬉々とした色を覗かせている。

「なるほど、実にシンプルだ……汝を倒せばよい、ということだな」
「そういうこと……ま、すぐに終わるだろうけどね」

後半の呟きは口内に留めると、メイスを構え迫り来るシスターを視界に収めた。