「惜しいですね」

しかし伸ばした手はガードされた。
足蹴を食らう寸前で、Jは飛び退く。
ざっと地面に砂埃を上げ、再度構えの姿勢を取る。
次はどうしてやろうかと考える途中で、彼の目の色が変わった。

「使えるの、それ」
「さぁ?やってみないことには、分かりませんが」

小さな笑いを溢したサキヤマの手には、エリシアのメイスが握られている。
Jが蹴り飛ばした、それだ。
どうやら、彼の近くに転がっていたらしい。
サキヤマは握り直すと、振り上げて走り迫ってきた。
そして踏み込み飛び上がれば、メイスを振り下ろした。
どんっ、とJは受け止めた腕に重たい衝撃を感じる。

「本っ当…感心しちゃうよ、神父サキヤマ」
「それはそれは」
「でも、まだ甘い」

にんまりと、剥き出された犬歯が笑った。
刹那、サキヤマの視界は大きくぶれた。
視界が正常に戻ったのは、頭に激しい痛みを覚えてからだ。
倒れた、と認識して起き上がろうとしたが、再び地に縫い付けられた。
肩に、異様な重さがのしかかったせいだ。
何処か遠くで、からからとメイスが転がる音がした。

「流石、ずっと側で見てただけあって、太刀筋は悪くない…でも、隙だらけ。だから俺に簡単に蹴り飛ばされるんだよ」
「ぐぅあっ…!」

ぐりっ、と肩に乗せた足に体重をかけ、踵で踏み躙る。
金属的な冷たさを称えた瞳は、ただ無表情に見下ろす。
そして、腰を曲げて近付けば囁く。

「ゲームオーバーだ、神父」

Jの指がサングラスのフレームを掴み、勢い良く取り上げた。
そして、嬉々としてその威圧感を絶やさない瞳を覗き込んで──

「…………嘘だろ…」

かん…

Jの手から、サングラスが滑り落ちた。
よろよろと後退った彼の表情は凍てつき、有り得ないとでも言いたげに、目が見張られる。
際限まで見開かれた金瞳、それを見返す淡い色の瞳は、弧に描かれた。

「……嘘、とは何ですか」

静かな問い掛け。
その問い掛けに、ますますJは顔から色を消していく。
そして震える声で、口を開いた。

「だってお前は───」

だが、それ以上吸血鬼の声は続かなかった。
代わりに口から出たのは、生温く真っ赤な、鉄臭い液体だった。

「ばっ……?」
「──先の蹴は良く効いた…これはその礼だ、有り難く受け取るが良い」

その甘ったるいアルトの声は、Jのすぐ耳元で聞こえた。
そう、背後に密着したシスターの声が。

「サキヤマ…ひやひやしたぞ?もしも余のこれが、あらぬ方向に行ってしまったらと何度思ったか…」
「───っ!!」

これ、とJの背中から腹へと貫かれたメイスを、ぐりぐりと動かす。
その体内をいじくられる感触に、吸血鬼は声にならない悲鳴を上げた。

「僕としては、貴女がちゃんと起きて、動いてくれるのかが心配でしたが」

自由になった身体を動かし、サングラスを拾って立ち上がる。
漆黒の服に微かに混じった色に、サキヤマは眉をひそめた。
Jにメイスが貫通した際に飛び散った血だ。

サキヤマの言いざまに、エリシアは口を挟もうとしたが、神父が手で制した。

「……シスター・エリシア、先にやってしまいますよ」
「やれやれ…仕事熱心だ、な!」
「づっ…!」

思い切りメイスを突き刺してから、力を込めて引き抜く。
それから、傷付いた吸血鬼を地面に押し倒した。
前に回り込み、長い髪の一房を掴んで顔を無理矢理上げさせる。

「言うたろう、後悔すると…流石に汝があれを使った時は肝を冷やしたがな」
「………ごぶぉっ」

言葉を喋ろうにも、気道をせり上がってくる酸性と鉄を混ぜ合わせたものが邪魔をする。
仕方なく、瞳に有りったけの殺気を込めて睨め上げる。
エリシアはけたけた笑った。

「サキヤマ、準備は?」
「いつでも」
「そうか…ではJよ、遠慮なく汝の血を採取させてもらおうぞ」

エリシアはそういうと、注射器を持ち構える神父を促した。
サキヤマは頷き、吸血鬼の片腕を持ち上げ、その腕に注射針を突き立てた。