儀式屋に言われ、ユリアは自分の現状を再度思い起こした。

『声…何でこうなったんですか』
「…相変わらず、君は面白い。原因を先に聞くとはね」

治るのかと聞くと思ったよ。
口元を手で押さえ笑いながら言うと、一度咳払いをする。

「宜しい。説明するが、時間がないため簡略するよ。根本的な原因は、君が精神体のみという状態だからだ…本来なら、精神のみで居たとしても問題ない。だがそれは、戻るべき身体があればの話。君は昨夜、身体と精神を完全に切り離してしまった」

少女の顔が曇る。
ぎゅうっとシーツを握り締めて、だが顔を逸らしはしなかった。
彼はその仕草に一瞬目を細めたが、特に何かは言わなかった。

「こうなると、君は精神のみでここにいる…それは大変不安定な状態で、いわば丸腰で戦場に向かわされるようなものだ。それでも本来なら、正式な契約さえ交わせば何の支障も出ない。だが昨夜は、何分急だったからね…仮的なもので済ませた」
『…………』
「君が意識を失った時にしたんだ、それが多分、効力がなくなったと見ていい。普通、双方意識があるときにするものだからね。声が出ないのは、それのリスク。だが契約すれば元に戻る…ご理解頂けたかな?」
『解りました』

了承の返事を寄越した少女に、儀式屋は満足そうな顔をする。
そして、すっとユリアに手を差し伸べる。

「では、今からすぐにしよう」





「遅いじゃないの!」

儀式屋がその部屋へ入った途端、目の前の全身鏡に居るアリアの怒声が耳に届いた。
彼は僅かに首を傾げる。

「そうかね?説明をしていただけだが」
「長々と語りすぎてたんじゃあないでしょうね?」
「必要なことを語るとなると、このくらいはかかるさ…ユリア、いつまでもそこにいないで入ってきたまえ」

美女の小言を適当に切り上げて、入り口で立ち往生している少女を呼ぶ。
ユリアが中へ入ると、背後の扉が独りでに閉まり施錠された。

真っ白。

それがこの部屋の、印象だった。
何処もかしこも、目が痛くなるほどに白い。
家具は、唯一アリアの映る鏡のみ。
それ以外は一切見あたらず、無限に白が何処までも続いていそうだった。

『此処は?』
「私専用の契約室だ。特別な結界が施されていてね…私と契約者、そして契約立会人の三人しか入れないようになっているのだよ」

少女の問いに答えながら、この空間と相反する色の彼は手をアリアの方へ翳した。
すると、すっと鏡がこちらへ近付いた。

…星屑を散りばめたように輝く金の髪は、ほっそりとした腰のラインまである。
深海を称えたような瞳と同じ配色の、貴族が着用しているような、礼服らしきドレス。
それに身を包んだ彼女は、同性から見ても神々しかった。
ふくよかな胸元を強調するかのように、開いていなければ更に、だが。

そんな女性──アリアが、金縁の姿見に映し出されている。
ユリアがじっと見つめていることに気付くと、にこりと笑って見せた。

「さて」

アリアに微笑み返そうとする前に、儀式屋の声が耳朶を打った。
自然と目は彼の方を向く。
三角形を描くように立った三人、彼がすぅっと息を吸い込んだ。

「──…私、儀式屋と契約者、神谷ユリア…契約立会人アリアの元…」

とうとうと彼の口から、呪文を唱えるように零れ落ちる言葉たち。
光が反射する部屋に木霊し、身体が揺さぶられるようだった。

「契約を交わす……ユリア」
『…は、はい』

急に呼ばれて、ユリアは返事が少し詰まった。
真紅と漆黒が交わる。

「此処で永久に存在することに、異存はないな?」
『………………』

すぐには答えなかった。
だがそれは、迷ったからではない。
もう一度、自らの決意を固めるため、昨夜までのことを思い出していたから。

凛とした顔で頷く。


『はい』


聞こえはしないはずの声が、澄み渡った。