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「君は暗いのか?」って


"I,um,I know it sounds stagey,
but all I want to do is drop dead."



テレビをつけたらいきなりこんな言葉が流れてきて、太宰治のある作品についてあらすじを紹介するというものでした。
ただ冒頭の言葉が印象的で、あらすじを殆ど覚えていないという事実(他の事を同時進行で行っていたということも関与するのか)



英語や他の言語ばっかり読んでいると、日本語の難しさに驚きます。いつも。
日本語のブログを読むにしても横書きであるから、読書ともまた違うもので…読む分野が偏りがちなので幅広く教養もつけたいなと思います。


 



"I,um,I know it sounds stagey,
but all I want to do is drop dead."




「僕はね、キザのようですけど
死にたくて、仕様がないんです。」

ThanksgivingDay


 


洗礼を受けたクリスチャンではないのですが、牧師さんの言葉で共感というか納得のようなことを思ったので忘れない為に記事にしました。





一般的に言いまして、信仰の世界では、とかくお金は汚れたものと見られやすいでしょう。なるべく信仰の話題の中ではカネの事に触れないようにしたいのではありませんか。

しかし、正論を言う前に、私たちは考えなくてはならないと思うのです。私にしても、皆さんにしても、今こうして生きているのって、誰かがお金を使ってくれたからでしょう。今こうしているのも、誰かの友でいられるのも、誰かがわたしや皆さんのためにお金を使ってくれたからでしょう。ここに会堂が建っていて、誰かの信仰の友でいられるのも、誰かがお金を出してくれたからでしょう。そもそも、日本に信仰の友がいるのは、宣教師を送ってくれた国々の人たちが、お金を使ってくれたからでしょう。

私たちはそれぞれ誰かの愛によって支えられて生きている。そうではありませんか。それは抽象的なことではなくて、具体的にお金や時間や労力が費やされ、犠牲が払われることなのではありませんか。





お金とは無縁と思われがちな教会でこうして、お金は汚れたものではないと語られている事実を見ると、お金の意味や使い道についてきちんと考えておかなければ、危険なことになりかねないと考えさせられます。





「できるだけ儲けて、できるだけ貯めて、できるだけ与えなさい。」

―ジョン・ウェスレー

其の名

 
 




漢字は形の中に意味や音があるから読めるはずだと言われるけれど、そんなことは滅多にない。
形を見て意味を知ろうとする方法は僕たちには実りがない…(彼は内ポケットからボールペンを取り出すと散らばっていた新聞紙に字を書きつける)
<木>が三つで<森>なら、<品>や<晶>は何だということになる。口が三つもあったらモンスターだし、太陽が三つあったらサイエンス・フィクションでしょ。<出>という字はどうしてもふたつの<山>だと思ってしまう。どんどん正解から遠ざかる。
こういうやり方はほとんど成功しない…たとえば<泉>という字がある。意味を考えようと思って、じっと集中して眺める。するとおぼろげながらに<白>と<水>に分かれているのではないかと思う。ここが大事。これができないとおしまい。だけど日本人が思うほど簡単じゃない。まあいいや、それはできたとする。もし<白>と<水>という漢字の意味を知っていたら、白い水は何かと考える。何だと思いますか

白い水ですね……海の泡ですか。白いです

そう、クイズみたい。イマジネーションを全開にして考える。でも無駄です。そういう方法で、これが<石の穴から湧いてくる水>だという正解にたどりつくひとは普通じゃないと思う

でも僕たちにとってはちがう。この字の意味にたどりつくにはなんとか辞書のそのページにたどりつかなければいけない。それでじっと眺めます。意味をとろうと思うのはやめる。
音に関するヒントを捜す。もし万一それがあれば幸運。さっき<白>と<水>にわけたところからやり直す。もし、その読み方を知っていればそれで辞書を引いてみる。ハク、シロ、スイ、ミズ…本当はシロとミズはあり得ないらしいけれど、そこまではなかなかわからないからとりあえずその四つで引いてみる。見つかると思う?

そんな読み方はないわ


そう、残念でした。たとえばこれが……<洗>という字で、あなたが<先>という字をセンと読むことを知っていたとしたら、これでとりあえず音にまではたどりつける。でも、こういう幸運も滅多にはない。経験からいってもこれも不毛ね。じゃあどうするかい

ストロークの数で引く。

ひとつのラインがワンストロークなら問題はないけれど、そうではない。始末の悪いことに見やすい活字になればなるほど、わけがわからなくなる。複雑な字ならなおさら誤差が大きくなる。そこで僕たちは誤差を少なくするためにひとつの字をブロックに分ける。上と下に分かれていて、上は<白>、下は<水>だというところからまたやり直す。それで上の<白>は五か六ストロークだろうと思って辞書を引く。幸いアップダウン型の五ー〇のところに<白>が見つかる。だから<白ー〇>のところをずっと指で捜していくと、ここでやっと<泉>という字が見つかる。最初から五ー四ストロークだとわかっていればもっと早いけれど、実際には五ー三、五ー四、五ー五、六ー三、六ー………とずっとあり得る組み合わせを調べていく。時間がかかる。でもこれならいつかは正解にたどりつく

それって、部首とか言わない?

少し違う。それだと<白>からは絶対に出てこない。まず、この文字の中心が<水>の方にあるというインスピレーションがないと始まらない。それがないから、白ー三、白ー四、白ー五……と空振りすることになる。検索方法として効率的とはいえない。そういうわけで読み方のわからない漢字を辞書で引くのはとても難しい。こうやってようやく調べても、なおかつこれをイズミと読むのかセンと読むのかは本人に聞いてみるまでわからない。熟語だったりすると気が遠くなる

読むのに比べたら話すのなんかとても簡単。簡単だ。簡単です。簡単でございます…








the place I belong


帰り道ふ、と
Almost heaven,West Virginia〜 


何年も歌うことが無かった歌
どうして口ずさんだのだろう



ここのお店で朝、カントリーロードが流れてるの
お昼にドーナツ屋さんで友達とご飯を食べていたときにそう言われたな、と
ぼんやり、ゆっくり思い出して

何とも思っていなかった昔の、この歌を習ったとき男子がmountain mommaという一節を恥ずかしがってたことや緑の床だとかも、覚えてて。


一番印象的だったのは、声変わりをしていない男の子の歌声は、何よりも美しいと言い放った貴方の言葉です。先生。



 





近況としては、人と話すことはとても重要だなあとしみじみ感じる毎日です。


教育の在り方や死生観について、「難しい」だけでは済まないと自分たちなりにも思うところがあって、難しいというのは先入観で無知なだけじゃ?
…と女子高生が話すって(笑)というツッコミがたまに入りますが
それすらも真面目な話をガリ勉だと言う雰囲気がある割に、学歴がね、科学と鬱社会、医療とか段々話が広がって…とにかく充実してると思うことが多いです。


いくつものフィールドと価値と欲求と背景がしんしんと交錯していて、たしかに世界は狭いのだけどしかし同時にまだまだとても広いのだなあという感慨も

夢を見る資格はありますか?


 




誰にも何も期待してはいけないと自ら戒め、相手の横暴は許しても、わかったような同情やいたわりには必ず冷笑で一矢を報いずにはいなかった。その実、心の中では自分にないものばかりを教え上げ、こんなにマイナス勘定の多い自分なら、いっそいない方が理にかなうと思い詰めて逃げ場所を捜していた。誰にもそんな自分の思いがわかるわけはないとかたくなに思い込み、自らの内面を隠蔽に隠蔽を重ねて隠しながら、でもほんとうはかくも心弱き者なのだと叫ぶために言葉を書き連ねるという矛盾を犯していた。どうにもやりきれない感傷と怠惰をもてあまし、もてあそび、真摯であって不真面目だった。 

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