2018-1-5 19:40
【12月25日】
時間外勤務はそうでも無かったけど、なんだかんだで22日まで22連勤だった今月。それどころか、11月から継続で33連勤だった。そんなこんなでこの土日(23日・24日)は久しぶりに完全オフでした。なぜなら冬休みに入ったので。というか、33連勤気づかなかった。ウソやろ←
世間のクリスマスムードに背を向けて、ハッピーホリディ・メリーオヤスミシマス(ちょっと苦しいか)だった休日。
日曜日の19時過ぎにようやく外に出て、イブは昨年同様、ドトールで過ごしました。今年はキャラメルコーヒーのL!と新作カルツォーネ!贅沢!
もうちょっと夜遊びしようと思ったけど、雪がひどくなったので早々に退散。途中吹雪で前が見えなくなって、慌ててセイコーマートで雪宿り。
クリスマスらしいこと一個もしないで終わったなぁ……と思いながら、別にそんなに後悔はない。
ものすごく休んだし、お風呂掃除もできたし、久しぶりに手芸も出来たので楽しかった。
あとは、年末の帰省に向けて家を片付ける!
【1月4日追記】
そうやって頑張って年末に片付けたので、帰省から戻るときれいな部屋に出迎えられた。嬉しい。年末の私ありがとう。←
たまたま知ったのだけど、自虐うつというのがあるらしい。セルフネグレクト。つまりあえて不健康、不摂生な生活をしてしまい、最後には死んでしまう、いわば緩やかな自殺。
自分の身の回りの事をすることに楽しみを見出せるうちはまだ大丈夫だなぁと思った。そして、割と精神的にやばかったあの時期、自分の生活を大切にしようと思ったのは間違いではなかったのだ、とも。
生きるっていうのは、"活きる"っていうのは、自分を(最低限でも)大切にする事なのだと思う。誰かに大切にしてもらうことを期待してはいけない。そもそも自分さえ大切にしていない人を、周りだって大切になんてしてくれない、と昔誰かが言っていた。
周りは何かにつけて「生徒のために」「人のために」なんて言うけど、そんなのちゃんと根底にある。でもね、自分を犠牲にして、すり減らして「生徒のために」「人のために」頑張るのは絶対違うと思う。「生徒」や「人」を大切にするのは「自分」だから、その自分がぼろぼろだったら、してあげられることの半分もしてあげられないと思う。まぁ、つまり周りは無責任なんだ。無責任な一言に振り回されることはない。
自分も他の人も、仕事が大変とかそうじゃないとか、もっと大変な人がいるとかそんなの関係なく、生きているだけで須く人間頑張っているのだ。だから、ちゃんと自分を大切にしてあげてください。
【12月28日】
生徒に「今年の漢字は?」なんて聞いて、学級通信のネタにしたけど、自分の漢字はなんだろうなぁってずっと思ってて。
『初』めての学級担任、主顧問に戸惑ったり、ままならないことと『戦』かったり、でも一番は泣いて泣いて泣きまくったことだな。印象深いの。
ということで、今年の私は漢字は『涙』です。いえーい←
別に泣きたいわけじゃないんだけど、悔しくて、腹が立って、それが涙を押し出しちゃうんだなぁ。堂々と職員室で泣いてたから(ちなみに生徒の前では絶対泣かない。これは多分意地とプライドなんだろう)、周りからはどう見えていたかは知りませんが、知ったこっちゃない。
ポジティブ涙なので、一通り悔しさと怒りを噛み締めたら、それをエネルギーに変えて次に進んでいける。
『涙』って、さんずいに「戻」って書くでしょ?「涙を流したら、本当の自分に戻ってまた立ち上がればいい」ってコブクロが歌ってた。
今年は躓いて転んで泣くことの多い一年だったけど、何度でも立ち上がって頑張った自分を褒めてあげたいなって思う。願わくば来年は、もうちょっとスムーズに進みたいけど。
あと、他人に好かれようとかよく思われようって気持ちは捨てると楽になれるね。いや、完全に捨て去ったらダメなんだけど、周りによく思われるやり方と、自分が良いと思ってやりたいこと(自分のためにじゃないよ)が必ずしも噛み合う訳じゃなくて。本当は自分のやりたいことが周りにとっても良いことだってちゃんと思わせられたら良いんだろうけど、正直まだまだやって見ないとわからないことの方が多いし間違ってることも当然ある。
何もしなければ、求められたことを求められた通りにやっていれば苦しむことはないんだけど、それは性に合わないらしい。なので、周りの絶対的不利益にならないよう、取り返しのつくラインは死守しながら、迷惑承知で突き進むことにした。間違ってたらごめんなさいして、また別の作戦を考える。いつか絶対結果を出して認めさせてやる、くらいの。
(冷静に振り返るとこの例えもちょっとおかしいんだけど、ちょうど欲しかったキャラを粘り勝ちで引いたところだったから…)ソシャゲでどうしても欲しいキャラがいるとするでしょ。で、課金してガチャを引くんだけど、いくらか使ったところで迷うの。このまま続けて良いのかなって。ここが分かれ道だと思うんだけど、ちなみに私は出るまで引くタイプです←
だって、そこでやめたらここまで費やしたお金が無駄(そもそもソシャゲに金をかけるのが無駄と言ってはいけません。楽しませてくれるサービスにはちゃんと対価を払うのだ)なものになる、と思うから。ただし、最終的なデッドラインは決めるけど。際限なくはやらない。大抵その前に、欲しかったキャラか、妥協点のキャラが出てくる。満足しないで終わったことはあまりないです。
つまり、勝つまでやれば勝ちなんだ。
諦めない私で来年も頑張ります。
でも、いつでも辞めてやる!っていう気持ちでやってる。辞められないってしがみついて、やらなきゃいけないことにしたら、辛いだけだからね。辛くても苦しくても私がやりたいからやってるのだ、っていう前提は崩したくない。
ここまで、秘伝のタレのごとく継ぎ足しで書いてきた雑記でした。
そのとき思ったことをぽちぽち言葉にしてるだけだから、本当にとりとめも無いし、纏めてすらいないんだけど、言いたいことはいつも大体同じなのです。「自分を大切にしてもいい」「誰かのために頑張りたい自分のために頑張る」「転んでも起き上がれ、最後に笑ったもん勝ちだ」みたいな。
でもこうして振り返ってみると、私はやっぱり強者の理論で生きているんだなぁと思う。基本、欲しいもの、望むものは自分で戦って掴み取るものだ、と思っているのだけど、それは当たり前に戦える武器があるから言えることなのだ、と最近思うようになった。色んな生徒がいて、中には戦う生き方に当てはまらない子もいるのかもしれない。その子に私はどんな生き方を教えてあげられるんだろう。難しいね。
生き方というと大層だけど、生き抜くための物のとらえ方、見方、考え方の選択肢を示してあげるのが、私たちの仕事だと思うんだよなぁ。今年もぼちぼち頑張ります。