空調やパソコン、機械の待機音に掬われる意識。悪い夢を見たときほど、この無機質な音が温かく感じる。ゼミ室は暗く、その場では誰も活動していないように見える。時計を見れば、午前4時前のこと。
暗がりに慣れてきた目で床に目を落とせば、ハーフケットを纏い徹とリンが眠っていた。徹はともかく、リンが仮眠を取るということも最近では珍しい光景で、本当にそこに在るのか、不安になる。
私の見た夢というのが、リンが死んでしまうという不吉なもの。普段なら、夢の内容をスケッチブックに描くけれど、今日はそれをしたくない。たまにそういう夢を見ることもある。
「……生きてる…?」
もちろん、夢の中とは場所も違うのだから、このゼミ室に引き戻された時点で別のそれだとはわかっている。だけど、寝ているように見えて、という可能性もゼロではない。
2人が眠っているのをいいことに、ソファから降りてそっと近付いてみた。徹の方は寝息も聞こえるし、時折寝返りを打っているから心配はない。問題は、そのどちらもよくわからないリン。
「……リン……生きて、る…?」
どうせ眠っているのだから、より確実な方法を執るだけ。ハーフケットからはみ出た手を取り、体温や脈を確かめる。軽く握ったリンの手は冷たいけれど、その体は生命活動を行っているようだった。
どうせ眠っているのだから、もうしばらくこうしていたいという欲が出るのにも時間はかからなかった。リンの手を離すのが惜しくて、つい握ったままにして。少し、力も入っていたかもしれない。
「……美奈…?」
「あっ……リ、リン……起きて……」
「害はなさそうだと抵抗はしなかったがな」
やっぱりと言えばそう。最初から、まるで寝ているようには見えなかったのだから。眠っていると言うより目を閉じて体を休めていただけ。それを見抜けず、私のしたことを思い返すと、恥ずかしい。
眼鏡は外しているし、暗がりで見えないのにどうして私だとわかったのかと問えば、返ってきたのは「男と女の違いをわからん方がどうかしている」という彼らしい答え。
「また、どうした?」
「……悪い夢を、見て……」
「ほう」
「リンが……私を庇って、命を落として……」
夢の内容を正直に伝えれば、解くことを忘れた手を緩く握り返される。それにまた驚いて高鳴る胸。横たわり、目を閉じたまま、彼は自分がそこにあると伝えていた。そして彼は、閉じていた目を開いた。
「美奈、このオレがそう容易く死ぬタマに見えるか」
「ううん……」
「事故、天災、病気……生きている限りは様々な災厄が降り懸かるかもしれん。だが、オレはあらゆる災いを薙ぎ払って見せる。夢とは言え、後世に残すべき物が山ほどあるこの天才を道半ばで殺してくれるな」
日の出が遅くなったのを感じるのは、4時を過ぎてもなかなか夜が明けようとはしないこと。そろそろ、ハーフケットでは肌寒い季節になっていた。
握った手に関しては、お前が不安ならそのままで構わないと言ってくれた。それだけ言うと彼は目を閉じ、休息へと戻った。だけど、私は彼の道を信じたい。私はその手を放し、彼と徹のハーフケットをかけ直した。
end.
++++
リン美奈は正義。夢とは言えリン様が死んじゃって不安になる美奈がかわいいし、リン様マジリン様だしで二度おいしい。
これまでの話を見ていると美奈は案外欲望に忠実と言うか、意外とアクションを起こしているような気がするのだけど、如何せん相手がなあ……
これから秋冬だしこういうリン美奈を増やしていきたいけれど、たまには石川兄さんがガーガー言ってるのも欲しいね。よし、次はそうしよう