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100円玉、僕にちょうだい。

「竹永、」
「ん?」
「100円玉、ちょうだい?」

 急に越枝が立ち止まったから、何かと思えば差し出される手。顔や、奴がかけるメガネは自販機の灯りに煌々と照らされている。

「100円?」
「コーヒーが飲みたくて。寒いから。本当はペットボトルのミルクティーがいいんだけど、130円じゃキリ悪いから、100円。」

 自販機のラインナップを覗けば、あったか〜いの列にはコーンスープ、ココア、ミルクティー、お茶、缶コーヒーと並ぶ。
 中でも缶コーヒーは「今だけ100円!」と書かれた黄色いテープで囲われていて、120円が一般的に定着してしまった自販機だけど、お得感を煽られるような気がする。

 分厚い手袋に覆われた越枝の手に、しょうがないなという表情で100円玉を乗せる。
 ただ、お前の手はすでに暖かいだろうが、と思うのはきっと俺の手が手袋も何もせず、そのままかじかんだ状態だからか。
 俺からすれば、かじかんだ手で開く財布がすでに冷たくて、奴の強請るそれを指先で探る気すら失せるというのに。

「ん、ありがと。」
「つーかめんどくさかっただけだろ。」
「何が?」

 ガコン、とコーヒーが落ちた音。屈む奴の背中に投げかける言葉。しれっとした表情でプルタブを倒す越枝の表情があまりに飄々としていて次の言葉を投げる気もなくなる。
 そして辺りに漂うコーヒーの香り。これは、少し甘めのミルクコーヒーといったところか。

「あ、竹永、飲む?」
「俺はいい。」
「あったかいよ。」
「…つーか、自販機っていつから120円になったか覚えてっか?」
「さあ。消費税が上がったときじゃなかった? それを言ったら、プルタブだっていつからこの形になったんだっけ。昔は引っぱって完全に取っちゃうタイプだったよね? ねえ、いつだっけ。」
「さあ。」

 気付いたら時代なんて進んでるんだね、と暢気に越枝は言う。だけど、気付けばそれが当たり前になってて、次の主流は何になるんだろうと夢を描けるコイツが羨ましくもあった。

「でも竹永は見てて寒いよ。薄着だし、手袋もしてないし。」
「お前は重装備すぎんだろ、ニット帽にネックウォーマー、手袋までしてんのにまだ寒いとか。」
「今年の寒さ、異常じゃない?」
「まあ、寒いっちゃ寒いけど、お前ほど過敏じゃねえよ。」

 相変わらず分厚い手袋に包まれた手で、さらにコーヒーの缶を包む。熱は逃げにくいだろう。

「やっぱお前、めんどくさかっただけだろ。」
「だから何が。」
「100円。そんな分厚い手袋してたら小銭なんて取り出せねぇだろ。」
「あ、バレちゃった。」

 そして残りわずかだったらしいコーヒーを一気に流し込み、ゴミ箱に缶を放る。

「つーかお前ちゃんと返せよ。」
「え、この100円は竹永がくれたんだよね?」
「やるワケねーだろ。」
「だって俺、100円ちょうだいって言ったよね。貸してとは言ってない。」

 してやられたと思いつつ、諦めることにした。いい人そうに見えて飄々と人を騙すその笑顔に対して油断をする方が負けなのだと。俺が取られた賭け金100円は、あっさりと越枝の懐と体をあたためてしまった。


end.


++++

午後6時半頃、冬の自販機前で寒がりな越枝くんと、その友達の竹永くんの物語。竹永くん目線。

special thanks:ゆめんさん(rabuka)

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