「朝霞クン、また右手と左手が同時に動いてるけど」
「中間レポートとレジュメと発表が同じ時期にバタバタ来やがってるんだ」
ゼミ室の机の上には無数の紙が広げられていて、何の作業をしているのかさっぱりわからない状態。右手も左手もペンが握られていて、それぞれ別のことをやってるんだろうけどいくら両利きだからって脳の構造が謎すぎる。
朝霞クンは春学期も部活の台本とレポートを右手と左手で同時にやっていた。だけど、次第にその手は部活の方にシフトしていって、レポートにかかっていた右手が完全に止まってしまっていたように思う。
でも、放送部は3年の大学祭で部活を引退するそうだ。部活の作業がなくなったからか、朝霞クンは常人離れした筆捌きを見せている。一昔前だったらビックリ人間とかでテレビにでれたかも。脳波とか調べてくれないかなあ、テレビの人。
「はー、充実」
「……大漁…?」
「良かったら、美奈も少し」
「……私、チョコレートは……」
徹が大量の荷物を提げてゼミ室にやってきた。過度な暖房がかかっているでもないゼミ室の、自分のデスクの下にその荷物をしまい込んで。どこへ出かけていたのかと言うと、冬の催事、チョコレートフェスティバル。
特別甘党というわけではないけれど、徹は季節問わずチョコレートを齧っている。冬になるとチョコレートの商品ラインナップも増え、その都度コンビニやスーパーで新製品を買って味を確かめている。
コンビニやスーパーだけでそれが収まればまだいいかもしれない。チョコレート専門店やデパートにまで足を運んでチョコレートを買い漁るのだから。バレンタイン時期になると別の意味での戦争が始まる。
「お、烏丸。いたならよかった」
「あっ、ユースケ。どうしたの?」
「オレが洋食屋でもバイトをしていることは言ったな。その店でロールパンをもらってきた。食っていいぞ」
「えっ、いいの!?」
「ああ。川北も食いたかったら食っていいぞ」
「わー、いただきまーす!」
今日は非番のはずの林原さんが、突然ロールパンを持って事務所にやって来た。林原さんは情報センターと洋食屋のダブルワークをしていて、洋食屋の方では週に1回から2回、ディナータイムにピアノを弾いている。
その洋食屋さんっていうのが知る人ぞ知る美味しいお店だということで、まかないが美味しいっていう話も聞いてたんだけど。こうしていざ目の前にそのお店のロールパンが出て来てみると、香りやツヤに食欲が刺激されますよね。
「星羅、ミカンもらったけど食べるか」
「食べるんだ!」
星羅の家は星港と比べると山に近く、夜の冷え込みも結構大きい。そりゃ、山だ山だと言われている向島大学のすぐ下だから、寒い。だからなのか、リビングにはこたつが出ていた。
いただきますなんだ、と星羅はまるまるとした大きなミカンに手を合わせ、皮を剥き始めた。冬になったなあと思う。こたつにミカン。俺もついうっかりぐうたらしてしまう。人の家なんだけど。
「おはよーございますー」
いつものようにやってきた川北の頭には見慣れん帽子。この頃は朝夕も冷える。ニット帽やなんかで頭を守るのはわからんでもないが、車通学の川北には縁遠いような。駐車場で車から降りてしまえば、校舎の中に入るまで歩く距離は長くない。
「川北、かわいい帽子だな」
「わー、春山さんに褒められたー」
「帽子が緑色なのは川北ミドリだからみたいなことか?」
「そうなんですよー、分かりやすいかなーと思って」