「うっうっうっ……あざがぐううん」
「あーはいはい、落ち着け伏見」
「もおヤダあの人おおお」
「朝霞、あずさにお水」
「ああ、悪いな大石」
伏見に連れられやってきた西海駅前のバー。軽く飲みながらゆっくりと互いの部活の近況報告という予定だった。誤算は、ゼミの飲みではこんな風にならない伏見がここだとこんなに性質の悪い酔い方をすること。
この店は大石の兄貴である女装家のベティさんがやっている店だ。ベティさんも伏見にとっては幼馴染みだから、この空間が伏見にとっては居心地のいい場所なのだろう。それで普段は抑圧された叫びが、こう。
今日はたまたま大石がいて、普段はベティさんがさせないそうだけど相手を俺と伏見に限ることを条件に手伝っている。大石がバーカウンターの向こうから酒やらつまみやらを出してくれるのは違和感しかない。居酒屋の山口とはまた違う雰囲気がある。
「よっこいせ、っと。はー、さすがにこの量を一気に運ぶのは無謀だったねえ」
腰に巻いたパーカーと、赤のエクステを刺した大きなポニーテールが揺れる。魚里だ。大量の資材を運搬しているようだ。気温はいくらか過ごしやすくなってきたが、汗が滲むのか、額を手の甲で拭っている。
先日、宇部から大学祭でやるステージのタイムテーブルが発表された。それが発表されるといよいよ準備が本格化してくる。まずはプロデューサーが台本を書いて、班ごとに練習をし、通しリハがあったりして完成に近付けていく。
「ヒビキ、食べたらちゃんとゴミ捨てといてね」
「全部食べたら捨てるつもりだったの!」
青葉女学園大学ABCでも、大学祭に向けてステージと模擬店の準備は始まっている。模擬店ではメイド&執事喫茶を出すことに決まり、メニューは各種ソフトドリンクとさとちゃんお手製のお菓子。
今日もその準備のために出てきたのはいいけれど、ヒビキが新発売になったお菓子を食べ比べていて話が進まない。衣装の採寸だってあるのに1人だけ食欲の秋をスタートダッシュしてる。
浅浦クンから連絡が来るなんて珍しいなーと思った。いつもはうちが浅浦クンに連絡をしたり部屋に押し掛けたり、カズ経由だったりするから。何か今日はカズが忙しいっぽくて捕まんなさそうだったから、と次に白羽の矢が立ったのがうちだったみたい。
出て来れるかとだけ聞かれて、迎えに来られて至る今。どこに行くのかも知らされてないし、人を捕まえられてよかったと安心したような溜め息を吐いた浅浦クンをもぐもぐしてるだけで十分満足なんですけどそろそろ詳細プリーズって感じ。
「それで、今日はまたどうしてうちを? って言うかどこに行くの?」
「ああ、言ってなかったか」
「聞いてないよ!」
「以上が大学祭のタイムテーブルになります。各班、当日までにしっかりと準備をお願いします」
丸の池ステージ直前以来となる班長会議が開かれている。大学祭に向けて本格的に始動していくということで、今日の会議にはしっかりと全員が揃っている。議事進行を宇部が行っているというのには変わりないけれど。
「監査、どうして俺の班の枠が1時間しかないんだ。俺は部長なのに朝霞班以下の扱いなのはあり得ない」
「アナウンサーの都合です」
「アナウンサーだと?」
「はい。高萩麗が大学祭当日に外出するという情報を入手しました。部長はご存知で?」
「初めて聞いたぞ、そんなこと」
「高萩麗は日高班の柱となるアナウンサーですから、その都合を考えるのは当然かと」