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come quick, distress.

「ちょっと、外を見てきてくれないか?」

いやに静かな窓の外。先程まではあれほど波がざわめき立ち、荒れ狂っていたというのに。不気味なまでの静けさは、本来安堵を覚えるはずが、逆に不安を掻き立てた。
カラコロ…と、若い管制官がそろりと様子を窺うように窓を開ければ、先程までの嵐が嘘だったかのような光が降り注ぐ。鈍雲は光明に裂かれ、行く宛もなく引いていた。

「晴れてますね。」
「そうか。」
「雪に変わったかと思ったんですが。」
「馬鹿野郎、雪にはまだ早いだろ。今降られても迷惑だ。」

報告を受け、彼も窓から身を乗り出す。波の音は、遠くなっていた。水面に映る月が揺らめき立つ。



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僕らはみんな生きている

 開いている扉の隙間からたまに隣の美術部の部室を覗くと、窓辺には大きな水槽があるのがわかる。中身が気になって覗いてみると、赤と黒の金魚が羨ましいくらい悠々と泳いでいる。
 思い返されるのは、小学校のときにクラスで育てていた光景。餌やり当番を決めたりして。だけど、大学という場所ではそれが逆に現実離れしているようにも思った。これが生物実験のある研究室ならともかく、美術部の部室って。

「おはよー。」
「うーす。伊東、遅かったな。」
「ちょっと美術部の前で水槽に見とれちゃって。」
「ああ、あの金魚だろ。」
「高ピー、何か知ってるの?」

 隣の部屋に居を構えているとは言え、その団体のことは案外と知らないことが多い。ただ、美術部の部長と個人的に繋がりがある高ピーが、例の金魚について語る。

「何だっけか。赤い方がゴライアス、黒い方が確かデビッド。」
「独特なネーミングだね。」

 たくさんの機材を扱う放送サークルでは、なかなかああいう風に水を部屋に置いておくことは怖くて出来ない。それに、水槽の中に酸素を供給するためのポンプにしても常に電気を使い続ける。ただでさえ機材で電力を食うのに。

「ま、ああいう風に大事に育ててもらえてる金魚っつーのも、稀なんじゃねぇのか?」
「あ、うん。確かに。」
「ガキん頃から積極的に祭とかに出てたならわかるかもしんねぇけどよ。金魚すくい自体がボウズに終わっちまっても、おまけとかって何匹か押しつけられんじゃねぇか。」
「…そうだね。」

 よみがえるのは、2匹の金魚が入った袋をぶら提げながら歩いた夏祭りの記憶。きれいな柄の、大きい金魚を狙ってすぐに紙を破いてしまった幼い頃の。

「ああいう余り金魚を、どっかその辺にある焼き海苔の瓶とかに入れて育て始めるんだけどよ、気付いたら浮いてんのな。」
「ちょっと高ピーそーゆーグロいのなし。」
「そういう、ちょっと行き先に恵まれなくて暗い運命を歩む金魚と、美術部のヤツみてぇに大事に育てられる、これからの行き先も明るい金魚と。2パターンに分かれると思うんだよな。」

 確かに子供の頃の俺は、金魚も蝉と同じようにひと夏の命だなんて思ってたし、学校で育ててた金魚も気付いたら少しずつ少なくなっていった。そういった意味じゃ、俺は金魚に暗い道を泳がせていたのかと。
 そして高ピーはさらに淡々と、ちゃんと育てる覚悟がなきゃ最初から金魚すくいなんかやるモンじゃねぇ、と吐き捨てる。死なすか放流するかしか選択肢がなくなるんだから、と。
 身の丈に合わない大きな水槽で悠々と泳いでいたあの金魚は、西日がさせばきっともっときらきらして優雅に見えるのかな、と思えば大切に育てられてるなって。ちゃんと水草もあるし。

「ああいう金魚っつーのは、ちゃんと手入れさえしてやりゃ10年なんか軽く生きる。現に、美術部の金魚は俺らの学年が入学したときにはもういたらしいからな。」
「じゃあ、ひと夏の命じゃないんだ。」
「それは育て方の問題だ。」

 金魚がひと夏の命じゃないって知って、ちょっと安心した。もし俺に子どもが出来て、将来金魚すくいをやることになっても大切に、何年も彼らを愛してあげられる。

「でも高ピー、妙に詳しいね?」
「まあ…昔育ててたっつーだけだ。一応5年は生きたし。」
「あれっ、焼き海苔の瓶の話は?」
「それは初代で、5年生きた金魚はその次の年に一番上の兄貴が穫ってきたヤツだ。」
「じゃあ、高崎家の金魚は結構恵まれてたんだね。」
「そうかもな。」
「高ピーにも生き物を慈しむっていう心があったんだね。」
「うっせぇよ。つーかアクアを一番可愛がってんのは俺だっつーの。」
「そっか、高ピーん家犬飼ってたっけ。」

 犬や猫と同じ、金魚も同じ生き物なんだ。彼らがどんな道を歩むかは人間に懸かってる。どんな形であれみんなが幸せに、明るい道を歩めればいいなあって思うのは現実を見なさすぎるかな。
 だけど、もし次があるとするならばの話。お腹を見せてひっくり返った金魚たちがくれた経験を糧に、彼らには「コイツに育てられてよかった」と思えるような、明るい人生を歩ませてあげたいなって。

「美術部さんに金魚を育てるコツでも聞いてみようかなあ。」
「精々暗黒の道を歩ませねぇようにするんだな。」


end.


++++

絵茶お題「明と暗の金魚」で書かせていただきました。
高崎は子どもの頃、ひとりでちまちまと金魚を大事にしてれば可愛いかなあと思い(笑)。
生き物たちは結構人間の都合でいいようにされてしまうことも多いと思うのです。未然に防げればいいんですが…
大事に育ててもらえる子から痛々しいことになる子まで、いろんな道がありますが、生き物につきまとうのが責任かなあと。

でも金魚を泳がせている美術部の部室…悠々としてるんでしょうね。
緑ヶ丘大学の美術部は部室にフローリングを敷いたりしてやりたい放題やっているのでそのひとつなんでしょうけどw


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