午後3時頃、菜月さんから電話がかかって来た。死ぬほど電話が嫌いな菜月さんからだ。何かあったのではないかと怪訝に思い通話を開始すると、その声は思ったよりも軽かった。
今、うちでたこ焼きをやってるから来ないか。珍しいお誘いだと思った。だけど、断る理由もなかったし僕はおもむろに腰を上げた。材料などはもう全部揃っていると言うから、少しの飲み物と甘い物を買いこんで。
「菜月さん、来たよ」
「お、来たか」
「柳井、いる?」
ミーティングルームの奥の奥、部長席には書類片手に仕事している素振りの部長サマ、柳井健太郎。上に3年がいたときは全然目立たなかったのに、部長になった瞬間偉そうになったからまあムカつくよな。
柳井と言えば、宇部班のPだった。それがいつどうやって部長にまで上り詰めたのか。あのクソ日高に取り入って気に入られなきゃほぼほぼ他所の班の人間がそのポストをもらうなんて不可能だったはずだけど、世渡りは無駄に上手いっつーことかね。
履修やら健康診断やら、研究室やら就活やらで大学に来ることが何やかんや増える年度末だ。今日も何となく人が多いような気がするねえ。アタシはゼミの関係で来てたんだけど、案外人が多いから、学食も座れるか怪しいさね。
ただ、そんな心配はそうそうしなくてよかったみたいだ。履修や健康診断は半日もあれば終わっちまうからねえ。わざわざ大学の学食で震えながら食事するよりは、あったかいところでゆっくり食べたい。そう思う連中の方が多いに決まってる。
外は春の陽気に包まれていた。にもかかわらず、寒いことで悪名高い星ヶ丘大学の学食は今日も寒くて回転率が異様に高い。ラーメンを乗せたトレーを持って席を探す。そんな中で、嫌になるほど見た顔を見つける。何を思ったか、わざわざ近くにまで寄って。
「果林先輩、見てください」
「机だ! こたつ机!」
「こたつ布団は来シーズン買う予定で、とりあえず机を買いました」
ないものだらけだった俺の部屋に、とうとうこたつ机が来た。今までは、机と呼べるものはパソコンデスクしかなく、簡単にご飯を食べたりするようなローテーブルはなかった。
1人だけでいるならそれでも全然問題はなかったんだけど、案外人の出入りが多いこの部屋では、机がないということが結構不便な理由として挙げられていて。みんなで集まってもご飯を食べるのに不便だったり、鍋が出来なかったり。
そこで、日雇いの派遣でアルバイトも少ししてお金に余裕も出来たことだし、と大きな買い物。大きな、というのは物理的に。この部屋にいることの多いエイジにも買い物と組み立ては手伝ってもらった。
「あ、実苑くん。いらっしゃい」
「しかし、お邪魔していいのですか? お姉さんは」
「出かけてるし、今日は帰らないかもって言ってたから。どうぞ、上がって」
「お邪魔します」
今日は、あやめさんのお宅に招かれ、互いの近況や制作状況を話そうということになっています。あやめさんは双子の妹さんで、この部屋にもお姉さんと一緒に住んでいるようなのですが、そのお姉さんは彼氏さんと出かけているそうで。
先日は、僕の部屋でチョコレートの彫刻を見てもらいました。ちょうどバレンタイン頃だったかと思います。あやめさんはそれをしっかり自前のカメラで撮影して、満足そうに帰って行ったのを覚えています。