「川北」
「はい」
「お前、ゴールデンウィークは地元に戻らなかったのか」
世間的にはゴールデンウィークで、行く人来る人でどこもごった返す。俺は大学進学を機に向島に出て来たばかりで、まだ1ヶ月も経ってないのに実家に帰るのもな、という理由で帰らなかった。
情報センターのアルバイトを始めて2週間ほどが経ったけど、先輩が少し怖いなりに少しずつ慣れてきた感じがある。怖いけど、何だかんだで良くしてくれているのはわかる。まあ、怖いけど。
今日は受付のA番を担当してるんだけど、B番の林原さんも事務所でのんびりしているところを見ると、この時期は人が少ないのかもしれない。
「お前の地元はどんな所だ」
「うーん、と。一言で言えば山ですね。海のない内陸エリアなので」
「ほう、長篠だったな」
表情を変えることなく淡々と続ける会話だけど、こうやって林原さんから話を振ってもらえること自体がレアだというのはこないだ、バイトリーダーの春山さんから教えてもらったこと。
春山さんは実家に帰ったとかで、帰る前には「高飛びするぞー」と怖いくらいのテンションだったのを覚えている。あの時も頭をわしゃわしゃと掻き回されて、目が回ったのは昨日のことのように思い出せる。
「林原さんの地元はどんな所なんですかー?」
「どうと言われても、オレは西海だぞ」
「西海ってどこですか?」
「……星港で生活が完結するのであれば、隣の市にすら用はないな」
「ああ、隣町なんですねー。どんな所なんですかー?」
林原さんの言うところによれば、星港が港町だとするなら西海は海の町なんだそうだ。海のないエリアから出て来た俺からすれば港町でも興奮するんだけど、港とはまた違う良さがあるらしい。
その海が本当にいいんだろうなあと思うのは、それまでは表情一つ変える様子のなかった林原さんの顔が、こう、ドヤ顔とまではいかなくても、自信があるんだろうなあってわかるから。
「海ってやっぱり憧れますよね。ざざーんとか、ざっぱーんとかっていう音も、実際に聞くと違うんだろうなあ」
「川北、お前は車を持っているのだろう?」
「はい」
「それならば、いい道を教えよう」
そう言って林原さんはインターネットで地図のページを開いた。星港大学からどう行けばいい海の風景に出会えるのか。せっかくエリアの外で生活して今は休みも多いのだから、敢えてこの町の外へ出るのも悪くないぞ、と。
林原さんは近付き難くておっかない堅物なんだろうなって思ってたけど、案外遊び心なんかも持っている人なのかもしれない。普段からの春山さんとのやり取りを見た時点で気付けなかった俺がニブいのかもしれないけど。
「林原さーん」
「ん?」
「林原さんは旅行とか行かないんですかー?」
「どこも人が多いのに、何も今行くこともあるまい」
「えっ」
「遠出をするなら講義の合間に時間を作って、観光地にも人が少なくなり始めた平日に行くのが楽でいい。問題は、春山さんがそういうシフトにしてくれるかどうかだが」
地元からこっちに戻ってきて上機嫌なうちにシフトの調整をお願いした方が良さそうだ、と林原さんは本格的に旅行の計画を立て始めてしまった。
俺が次に地元に戻るのは夏になるだろうけど、その時も、お盆とか人の多そうな時は避けて、ドライブや旅行ついでに帰るっていうのもアリかな。まだそういう話をするには早いんだけど。
end.
++++
情報センターに残った男たちの話。と言うか星大情報センターはそろそろ解放するしないを見直した方がいい。
リン様はなんやかんや地元至上主義的なところがあるお方。港が嫌いというワケではないけれど、それでも地元の海岸に勝るものはないという感じかしら。
ミドリは内陸のエリアから出て来てて、海と言えばお隣まで行かなきゃならなかった物。車を持ってるならドライブしてみるのもいいかもね! 車、もう持ってるのか…!