俺には、思ったよりも時間がない。2月上旬には例の奴らが俺を襲いに来ちまう。備えあれば憂いなしとは言うから、機材のメンテナンスは万全にしなくては。
「慧梨夏、俺とどこかに行きたいなら早めに済ませてくれたら嬉しい」
「だからさあ、マスクするとかメガネかけるとか、病院行くとかすればいいのに」
「俺は人間の抵抗力に賭けてる」
「既に負けてるから」
クエン酸を溶かしたぬるま湯を作りながら、俺は慧梨夏からの説教を聞いている素振りで聞き流す。何度言われても病院はちょっと大袈裟だと思う。
空気清浄機のフィルターやトレーなんかを掃除しながら、来たる魔の季節を想うと憂鬱で仕方ない。だるいし、鼻水やらくしゃみでぐずぐずだし、目も痒い。
何をするにも支障が出るからって市販の薬を飲んでも眠くてしゃーない。薬を飲んだところで日常生活に支障出まくり。春なんて無くなれ。スギやヒノキなんか全部割り箸になっちまえ。
「つかさ、何でお前花粉症になんねーの」
「花粉症ってさ、これまでに吸った花粉の量が影響するんでしょ? 後はお察しじゃん」
「……お察しってなあ。あ、うん。察した」
「似た質問に、何でそんなに肌が白いのってのがあるよ」
「お察しだな」
この季節の何がアレって、大体お察しいただけたかと思うけど花粉症だ。少なくとも中学の頃にはくしゃみがうるさいって言われた覚えがある。
俺はとにかく酷いけど、慧梨夏がピンピンしてるんだよな。まあ、花粉を吸わない事情はお察しですが。引き籠もりの勝利宣言ってヤツなのかもしれない。
慧梨夏に俺の苦しみを理解しろとは言えない。お前も花粉症になれだなんて。そんな恐ろしいことが現実になろうものなら共倒れで生活が成り立たなくなる。寄り添ってくれればそれが嬉しい。
「ねえカズ」
「ん?」
「今の部屋引き払ったら、それはどうするの?」
「それって、これか?」
「うん。実家に持ってくのか、それとも」
伊東家の掟として3年間の1人暮らしをしてきたけれど、それももうすぐ終わりを迎える。1人暮らしをしてなきゃいけない理由もないし、部屋は引き払う予定だ。
ただ、そうなると現在進行形でメンテナンスをしているこの空気清浄機の行き場だ。実家には戻るけど、実家にばかりいるワケでもないだろうから。
今は俺の部屋と慧梨夏の部屋の往復なのが、実家と慧梨夏の部屋の往復に変わる。と言うか、下手すると慧梨夏の部屋にいる頻度の方が――的な!
「……お前の部屋だな! うん、お前の部屋だ!」
「びっくりしたー、どしたの急に声おっきくして」
「この空清は空清であり、除湿機である。部屋干しには欠かせない物だ、わかるな?」
「ちょっと待ってよカズ」
「ん?」
「うちの洗濯機の上、柔軟剤カウンターにする気!?」
「じゃあ自分で一切合切の家事を頑張れ。俺、元々春は何もやる気ねーし。花嫁修業に丁度いいじゃんな」
「どうぞどうぞ、お気の済むまでお洗濯をお楽しみくださいましー」
「うむ、よかろう。ブラジャーは手洗い、ちなみにこれは母の金言な」
実家には実家で対策は取られている。だけど、慧梨夏の部屋の花粉対策は本人が花粉症でないからかちょっとガードが甘いところがある。俺も入り浸るであろうその部屋が、コイツの次の勤務地だ。
春は鼻水とかでぐずぐずだから、いい匂いの柔軟剤を買ったところで全然匂いなんかわかんねーし、食いモンの味なんかもわからない。だけど俺は、次の春を慧梨夏と迎えることを前提として、家事能力の向上を自らに課している。
「カズ」
「んー?」
「春になってカズがくしゃみや鼻水でぐずぐずになったら、車で一緒に買い物行こうね」
「いや、だからお前なあ」
「――ドラッグストアに」
end.
++++
いち氏のカウントダウンが始まりました。花粉が飛ぶぜ! ちなみに他にはイシカー兄さんも花粉症だったりします。他にもいそうだなあ。
部屋の本格的な引き払いはもう少し先ですが、徐々に部屋から物を減らしたり慧梨夏の部屋に移したりしている模様。
いち氏の空気清浄機はいいヤツ。たっかいよ! いち氏は出す時にはお金をガーッと出すよ!