震える。また震えてる。かれこれ何回目かはわからないし、その原因もわかりきっているから今更反応することはしない。ポケットから取り出したスマートフォンを蛍光イエローのジャケットで包み、休憩のポーズを。
「川北、電話はいいのか。さっきからずっと鳴っとるだろう」
「大丈夫です。林原さん、お茶飲みます? お湯沸かしますけど」
「ああ、頼む」
そうやってお茶の準備をしていてもひっきりなしにケータイが震えてるのがわかるし、どうしろと。切れたと思ってもまたすぐ震えだす。林原さんも、いつになく頑なな態度を取る俺を不思議がっているように見える。どうした、何かあったのかと聞かれるということはきっとそうだ。
ケータイがひっきりなしに鳴るようになったのは、ちょっと前から。土砂崩れや洪水といった自然災害がニュースで大きく報道されると前々からも鳴ってたんだけど、今回は地震が起きている。俺は向島にいたからその揺れをほぼ体感しなかったけど、地元では大きな揺れを観測した。
「ほう、お前の地元はあの辺りか」
「実家にそこまで被害はなかったんですけど」
「それとその断続的な着信との間にどんな関係があるんだ」
「多分相手は別れた彼女なんです。メールや電話を入れてくるタイミングは、今回のパターンでは……余震です」
「ほう」
中1とか2くらいの時から高3まで付き合っていた彼女とは、一緒に夢を叶えるというようなことを誓い合っていた。だけど、俺が高3の時に地元で起きた大きな地震や大雪に、それまで抱いていた夢を考え直したことが原因で大学入学前に別れることになった。
それから全く連絡を取ってなかったんだけど、何かがある度に携帯が鳴る。俺を責めているようにも思えたし、急かしているようにも、なじるようにも思えた。解釈の仕方は気後れからかもしれない。それでも今の俺は、今の夢を追いたい。
「災害に強い建築物とは――それが、俺が星大で勉強したいことのテーマです」
「ほう。それでは、聞かせてもらおうか。今のお前が思う「災害に強い建築物」とは」
「いえ……少し、迷いが出てて」
「迷い?」
「俺は今まで、災害に強い建築物とは地震を受けても壊れない、大雪が載っても潰れない建物だとばかり思ってたんです。だけど、自然の力って圧倒的なんですよ。そんなとき、素早くかつ快適な仮設住宅を作ることだとか、避難場所に設定される公共施設の在り方も考えなきゃなーと思ってて。一般住宅の範囲だけじゃわかんなくてぐるんぐるんになってるんです。俺は建築で何がしたいんだろう、もしかしたら災害が起きたときの不安を和らげることをしたいのかなって。それを、建築を通してやりたいのかなーって」
薬缶が、ピーとかシュンシュンとかカタカタカタッとけたたましく音を立てていた。コンロのつまみを消す側に捻れば、ジャケットに包まれたケータイも今は震えるのをやめて事務所は静かだ。そして、俺の目を見て林原さんは言った。道は必ずしも最短距離で結ばれるとは限らんぞ、と。
「昔の女のストーカーじみた着信はともかく、建築を通して人を守りたいという基本的なところは何も変わっとらんのだろう。考えることが増えたというのは、視野が広がったということでよかろう。いずれはひとつのところに着地する。知見を増やすのは悪いことではあるまい」
「そうですね。今はいろいろ吸収したり、考えたりするときでいいんですよね」
「川北、それでいい。思考を止めるな」
ケータイを包んでいたジャケットは羽織った。静かになったケータイは電池が切れて画面も真っ黒。彼女には悪いけど、今はこれでいい。
「いずれ向島も巨大地震が襲うと言われとるからな。もしかすると、お前がこの国の危機を救うかもしれん」
「でも、起きない方がいいですよ」
「地球が動く限り、その注文には無理があろう」
end.
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いつになく重たいミドリと、いつになく先輩っぽいリン様である。土曜日のアルバイト風景。もうすぐ繁忙期らしいけど今はまだのんびり。
ミドリはすごくちゃんとした理由があって星大に入ったキャラ。妹との物理的距離を求めた石川兄さん……
リン様もなかなかに熱い人なので、ミドリのそういう情熱のような物は陰ながら応援するだろうし嫌いじゃないよ!