まあしかし、この塊をどうする?
何をしていて今に至るのかを想像するのも腹が立つが、まずはゼロ距離になっているその体をひっぺがすところから始めるべきか。
6月30日午前8時半、買った本を置き忘れていたことに気付いてゼミ室に戻ってみれば、リンと美奈がソファーに座ったまま眠っていた。机の上には各々のマグカップと、ポータブルDVDプレイヤー。耳にはイヤホンを入れたまま。
この状況から見るに、おそらくここで一晩過ごしたのだろう。別に、ゼミ室に泊まるのはよくあることだから何がどうとかっていう問題じゃない。ただ、状況が何とも言い難い。
中身のディスクを確認すれば、洋画のラブストーリー。コンロ脇の台には、見慣れない四角の缶。中身は香りからするに紅茶だろう。その缶を包んでいたと思われる包装紙も見つかった。単なるラッピングではなく特別なそれ。
美奈がリンに惚れてるのは何となく感じてたけど、これは明らかに黒だろ、間違いない。昨日は昨日でゼミ室泊してたはずがいつの間にか姿を消してやがったし。それで早朝、目が覚めてリンに電話してみてもガン無視しやがる。
ああ、そういうことね。なーんて少し悟ったりもして。コイツら、今の今まで一緒にいやがったんだな。大体、美奈も美奈だ。こんな狐の何がいいんだ。美奈の男の趣味だけは本当に理解できない。
美奈にどこの馬の骨ともしれない変な虫が付くのは我慢ならない。彼氏ができたなんて聞かされたらその男を殴らない自信がない。だけど、リンの肩を借りて寝ている美奈を見ていると、そろそろ幸せも願わないといけないのかな、と寂しさも覚える。
それならまだ、どこの馬の骨ともしれない男よりかはこの強欲狐の方がまだマシだと思ってしまう自分をそれこそ強く殴りたい衝動に襲われたりもする。
妬いてるとかではなくて、美奈とは小学校3年生の時から付き合いがあるんだ。必ずしも器用じゃない性格も知ってるし、言葉が足りないところもある。友達として、心配になるだろ。
「何を一人百面相なんてしているんだ、石川」
突如かけられた声に、肩がビクッと跳ねた。今まで、頭を掻き毟ったりやたらそわそわしたり、眉間に皺が入ったりしていたのを見られていたとでも言うのか。
「リン、いつの間に起きてやがった」
「少なくとも、お前がこの部屋に来たのはわかっていた」
「それならどうして微動だにしなかった」
この状況で動けるとでも?
言うまでもなく、奴が指しているのは自分の肩で眠っている美奈なのだから、余計に腹が立つ。本当に美奈はこんな男のどこがいいんだ。
「しかし、些か窮屈だな」
言うが早いか、美奈を起こさぬよう自らはその場所から退き、簡単な姫抱きで横たわらせた。ブランケットをかけてやるのも忘れずに。こういうことをナチュラルでやってのける天然気障野郎がいいのか。
「なあリン、まさかお前ら……付き合って――」
「どうしてそうなる」
「いや、そう見えると言うか」
「お前は本当におめでたい奴だな。ほう、この部屋を嗅ぎ回っていたのも、状況証拠並びに物的証拠を掴むためか。心配せずとも、取って喰ったりはしとらん。美奈に手を出そうものならどこぞの性悪シスコン狸から逃げられる保証はないからな」
それはそれで殴ってやりたいぞ、この強欲狐。お前こんだけ分かりやすく美奈が押してんだからむしろ気付いて浚うくらいのことをしやがれこの野郎。まあ、一般的にはまだまだ弱いくらいの押しだけど。
「そういうコトだ。オレの周りを嗅ぎ回ったところで何も出んとだけ言っておく」
なーんだ、これ。
end.
++++
「サンセットサンライズ」のその後みたいなリン様回。石川の杞憂。なーんだ、これ。
石川としては美奈の幸せを願いたいけど、やっぱり変な虫が付くのは嫌らしい。THE 過保護。
そして石川に言わせるとリン様は天然気障野郎らしい。言い方は違っても、圭斗さんと実際言うことは大差ないといいよ!