久々にお呼ばれした浅浦家には、蕎麦の香りが広がっていた。腕まくりをして気合いの入った様子のパパさんが、いらっしゃーいと俺たちを出迎えてくれる。その手は粉っぽくて、白い。
「スイマセンパパさん俺の都合で大会を早めてもらって」
「いーのいーの、カズだって彼女さんとの時間があるだろうし。でもどうして今日彼女さんを連れて来ないの!」
「あ、えーと、彼女は諸事情で今は向島にいなくて。明日、除夜詣での約束ギリギリにこっちに戻ってくる感じで」
「へえ、この時期に遠出してるんだ。アクティブな子だね」
年末の大戦争、もといコミフェ参戦をポジティブに解釈してくれたパパさんに感謝です…! まさかこの年末をコミフェのために放置されてましただなんて人の家で言えないもんな。
もちろん浅浦はその事情を知っているから、同情するような呆れるような、笑いを堪えているような表情を浮かべている。それは、俺と一緒に招かれた姉ちゃんにしても然り。
「美弥ちゃん、カズ君いらっしゃい」
「「お邪魔してます」」
「2人はお蕎麦の上に何乗せる?」
「アタシはネギの山盛りとショウガを擦りおろしたのがいいです」
「美弥ちゃんは薬味、と。カズ君は? 天ぷらもあるわよ。雅弘は海老天で未夏はイカ天だけど」
「あ、かき揚げってありますか」
「やろうと思えば出来るわよ」
今日開かれているのは浅浦家の年越し蕎麦大会。最近のマイブームが蕎麦の手打ちだというパパさんが打つ蕎麦を食べるという内容。そしてママさんが天ぷらを揚げてくれるらしい。
とは言え、お邪魔している身でわざわざかき揚げを作ってもらうのも悪い。自分の家だったら勝手に作るんだけどな。ここは浅浦と同じ海老天にしておくのが無難か。ママさんの負担もあるし。
「じゃあ、海老天で」
「あら、いいの? 遠慮することないのに」
「伊東、かき揚げが食いたいなら自分で揚げれば母さんに気を遣わなくて済むぞ」
「浅浦お前ムチャ言うなよ、いくらお前ン家でも人ン家の台所を踏み荒らせないっての」
「そう言えばカズ君も料理するのよね」
「生活するのに困らない程度ですけど」
「それなら助手をお願いしようかしら。雅弘には亮一さんを監視してもらわなきゃいけないし」
浅浦が空気の読める奴に育ったのは、このママさんの影響かなと思った。気を遣わせてしまったのかもしれないけど、せっかくご指名いただいたのだから、ママさんの助手として台所に立とう。
ママさんが姉ちゃん用の薬味を準備する横で、自分が食べたいがためのかき揚げの具を刻んでいく。桜エビに人参、タマネギ、ネギもちょっともらって。
「あら、上手。独学?」
「半分独学、あと半分は彼女のお母さんに教わったりとかですね」
「ふふ、順調なのね」
「おかげさまで」
「雅弘も未夏も、台所に立ってくれればいいのに」
「未夏はわかんないですけど、アイツは言えばやると思いますよ」
「でも、料理は雅弘の方が上手なのよね。母親としての立場がなくなっちゃうかしら」
苦笑いを浮かべながらエビやイカに衣を纏わせていくママさんを見ていると、母親としての立場とかそういうのは、何だかんだで死んでも無くならない物だと思う。何となくだけど。
いくら自分で料理が出来ても、親に作ってもらう料理だとか子供の頃から食べていた味だとか。そういうのはなかなか再現出来ないし、作ってもらえるということが作用するものだと思うから。
「でも浅浦は製菓全般ボロボロだし、ママさんのケーキを越える家庭のケーキってなかなかないと思うんすよね。俺もたまに自分でケーキ作りますけど、ああはいかないんすよ」
「あら、それなら今度、助手してくれる?」
「はい、喜んで」
end.
++++
いっちーと浅浦クンの話と思いきや、ママさんの露出が高くなってしまった。まあ、年始の話で香織さんあんま喋ってなかったしいいよね。
と言うか本人不在でも場をちょいちょいひっかき回す慧梨夏な…! 今はコミフェに出掛けてるよ!
そして姉ちゃんが相変わらず薬味狂ですね。絶対某うどん店に行ったらセルフのネギをもりもりにするタイプだな…!