「岡島水鈴の、40分クッキングー!」
「わー」
「ですー」
水鈴のタイトルコールに、拍手をするのは諏訪姉妹。エプロン姿の水鈴が立つのは、俺の部屋の台所だ。今日はこれから何が行われるのかというと、夏だからカレーを食べようという行事だそうだ。呼ばれているのは俺と裕貴、それから諏訪姉妹で水鈴を含めた5人での会になる。
なんでも世間では夏至カレーなるものがじわじわと、本当に少しずつではあるけど広がりを見せているらしい。今年の夏至は昨日だったらしいんだけど、水鈴は向島で行われた夏至カレーイベントの司会の仕事をしていたそうだ。その流れで今日のカレー、と。
「ところで、どんなイベントだったんだ?」
「カレーを食べる。以上です」
「え、本当にそれだけか」
「本当にそれだけ。あっでも5枚1500円のカレーチケットっていうのがあって、それを買ってカレーの屋台を巡るっていう感じかな」
「ああ、日本酒イベントとかでよくある感じの。イメージはついた」
さすがにイベントでブースを出すような本格的なカレーは作れないそうだけど、スパイスからは作れないなりに少し贅沢をした気分になれるカレーを家庭でも作りたいと水鈴は言う。と言うか一般家庭ではなかなかスパイスからカレーを作ろうという気にはならないよな。
調理をする水鈴の周りでは、諏訪姉妹がカメラを構えている。諏訪姉妹は調理助手か何かかと思ったらただの撮影スタッフか。かんなが持っているのは自前の愛機、あやめが持っているのは見た感じ水鈴のスマートフォンだ。あやめの撮影は水鈴のSNS用か。
「少しずつ料理をしているという感じの匂いがして来たな」
「そうだな。何だかんだ水鈴の作る料理に間違いはないし、どんなカレーが出て来るのか普通に楽しみだ」
「雄平は水鈴の作る料理をよく食べるのか?」
「いや、そんなに頻繁に食うワケじゃない。たまにこんな感じで食べる会みたいなのがあるとか、家で好評だったから食えみたいな感じで上がりこまれたり」
台所からは楽しそうな会話が聞こえて来て、時折諏訪姉妹が絶好の撮影ポジションを争ってケンカをしているようでもある。かんなは動画だからいいポジションを確保する必要がある、あやめは水鈴のお仕事用の撮影だからいいポジションを確保する必要がある、などと。
「雄平、あとは煮込みの段階に入ったからひとまずこれで調理はおしまいかな」
「そうか、お疲れ。ところで、飯って炊いてたっけか」
「あーッ! ご飯! スイッチ押してない! やっちゃったー…!」
「炊飯器に米はセットしてあるんだな」
「セットして、スイッチを忘れちゃったの」
「それが1時間前くらいなら全然行ける。かんな、あやめ、ちょっと退いてくれ」
「はーい」
「はーい」
1時間くらい前にセットされた米は、程よく水を吸っている。これをフライパンに移して蓋をする。そこから一気に強火で沸騰させる。1分ほど経ったら弱から中火でもうしばし。5分ほどかな、その後はもう1回強火にして、様子を見ながらここだというポイントで火を止めて蒸らしに入る。
ゼミ室に炊飯器が導入される前はこんな風にしてフライパンで米を炊いていた。今ではもう炊飯器で炊いた飯を食っているけど、やり方を身体が覚えている。俺の横では水鈴がこれで本当に炊けるのかと心配そうに見ているけど、その答えは5分から10分後に示されるだろう。
「すごい! ご飯になってる!」
「これでひとまず何とかなったかな。水鈴、この飯は保温出来ないから、さっそくだけどカレー食うか」
「うんッ! かんなちゃんあやめちゃん、席についてねーッ」
はーいと双子の声が重なり、席に着くなり2人はどんな瞬間を捉えたなどと機器の確認を始める。俺はと言えば、水鈴の配膳するカレーを順々に部屋へと運ぶ係だ。皿の上には、角切りの牛肉がごろごろと転がっている。なるほど、ちょっとした贅沢がこれか。
「それじゃあ、いただきます」
「まーす」
「どう? 雄平美味しい?」
「ああ、美味い」
「よかったーッ! あっ、みんなもどんどん食べてねッ!」
お世辞でも何でもなく、本当に美味いカレーだ。肉も柔らかいし、味も抜群。市販のルーを使って普通に作っただけだと水鈴は言うが、それだけでここまで美味くなるものか? どうやら似たようなことを裕貴も考えていたようで、率直な疑問を飛ばしている。
「水鈴、普通に市販のカレールーを使うだけでこんな味になるものか。銘柄の問題か? ああ、味はとても美味いと思う」
「ちょっとだけ隠し味を入れてるよね。あと、アクを掬うのをサボらないこと。飴色タマネギもバッチリだから。そんなに難しくないから裕貴もやってみたらいいよ。いくら普段料理しないって言ってもカレーくらいなら作れるでしょ?」
「作れるとは思うが、あまり自信がないな。しかし、来年には社会人になるのだから、料理のひとつくらいは出来た方がいいだろう。練習をするべきだな」
「萩さんの料理…!? 食べたいです!」
「俺も興味ある。裕貴、何を作るんだ?」
「カレーくらいから始めようかと思う。いや、水鈴のカレーと比べられるのは少々厳しい物があるし、簡単で、かつ比べられない物だと何がいいだろうか」
end.
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MMPの夏至カレー回を引き摺った水鈴さんの40分クッキング。まさかのカレーを作る回。
今年度は星ヶ丘の4年生トリオと諏訪姉妹がわちゃわちゃしているお話が去年と比べると多いような感じですね
萩さんの料理をみんなで食べる会なども開かれるのかしら。それともかんなが教えたりとかするのかしら。楽しみ。わくわく。