星港で雪が積もったらしい。最強クラスの寒波がどうしたとかいうニュースを聞くのは憂鬱で仕方ねえ。雪が降っていようがバイトは通常運転だし、積雪があろうが原付で生身のまま走るだけだ。殺す気かと思う。外に出たくないのはこっちも同じだ、クソが。
――とまあ、そんなことを言っていても仕事は仕事なワケで、しっかりとこなしてきた。一応ウチの店の原付は積雪や凍結の予想されるときにはスタッドレスタイヤを装着している。備えはあるが、走るのは恐る恐る。年末と積雪の手当が入るとは言え雪はマジで勘弁してくれ。
「はー……」
こたつに、バニラアイス。冬のアイスは夏と比べると濃厚なヤツが多くてこたつの中で食うには最高過ぎる。俗に言う自分へのご褒美アイスということで、真ん中に穴を開けて、カルーアを流し込む。
すると、突如鳴るインターホン。しかも1回でなく、短く何度も連打で。嫌な予感しかしねえし目の前にはアイスがある。絶対出たくねえと思ったけど、諦める様子がないのか向こうも連打をやめねえし。周りはみんな帰省してるとは言えうるさすぎる。渋々玄関に出て、スコープを覗けば。
「悠哉君! 久し振り!」
「……壮馬てめェ、何の用だ。つかどこからここを……って、拳悟だな」
「うん、拳悟君から聞いて来たんすよ。って言うか寒いよー、ひー」
「俺が必要以上に他人を部屋に上げない主義だっつー話は拳悟にしてあるはずだ」
「メンバーじゃないですかぁ〜。それにぃー、末っ子をこの寒空の下放り出すんですかぁー」
「俺の安息の地を踏み荒らす奴に慈悲はない」
「知ってた! 悠哉君ってそういう人だった! あっでもちゃんと手土産はあるんで入れてください!」
手土産と称して渡されたのは、缶ビールとベーコン、バニラアイスとキャラメルフレーバーのリキュール、そして牛乳だ。見事に需要のある物ばかりだったから、今日は勘弁してやることに。冬じゃなかったら容赦なく放り出すが。
勝手に人の部屋のこたつに滑り込んでやがるコイツは長崎壮馬という。俺が中学・高校の時に組んでたバンド、The Cloudberry Funclubのギターボーカルだ。歳は俺と拳悟の2コ下で、本人の自称通りバンドの末っ子。ちなみに最年長はベースの正悟君で、拳悟の兄貴だ。
その壮馬が急にうちに乗り込んで来た理由だ。つか、勝手に押しかけてきやがって。それを焚きつけた拳悟も拳悟なんだあの野郎。何が許せねえって、俺が自分の楽しみのために作って食い頃になったアイスを勝手に食い始めてるところだ。
「悠哉君これチョーうめーっす!」
「で、本題は何だ」
「今んトコ星港限定なんすけど、トリメソの音源が出たんすよ。フツーにCDショップで売られてるんす」
「ああ、トリプルメソッドっつってたな」
「そーなんすよ。で、拳悟君と正悟君にも音源渡しに行って、拳悟君に相談したんすよね、悠哉君にも音源渡したいけど住所わかんないって。しかも冬とか絶対悠哉君引き籠もって出て来ないじゃないですか」
「で、拳悟の野郎がここを教えて賄賂持ってくことを進言したってか」
「そんな感じっす」
俺が高校2年くらいの頃からTCFというバンドの動きは鈍化し、実質的に自然消滅した。一応解散はしてないし籍はあるが開店休業状態。元々メジャー志向などもない趣味のバンドだ、そんなモンだろう。その間に正悟君と拳悟は就職し、俺は進学とそれぞれの道を行き始めた。
そして壮馬は新たにトリプルメソッドというバンドを結成し、高校を卒業してからは音楽一本で行くんだとバイトをしながら音楽の道を歩んでいるそうだ。活動の拠点は星港で、日々ライブをしたり曲を作ったりと忙しくしているそうだ。で、この度音源が出たと。
「で、明後日っすよ明後日! 悠哉君! 何でそんな面白そうなことに混ぜてくんないんすか!」
「あ?」
「拳悟君から聞いたっす! 何かいろんなバンドが集まってわちゃわちゃするって! いーなー! 俺もやりたいーっす!」
「俺が知るかよ、完全に被害者だっつーのに。つかこっちはバイト明けなんだ。あの糞野郎の顔を思い出さすな、放り投げるぞ」
「それは勘弁して!」
大晦日にあるらしいシャッフルバンド音楽祭とかいうイベントに参加せざるを得なくなったのは完全に長谷川の所為だし、それに出たいと俺に言われてもという感じだ。「来る分にはいいんじゃねえのか、知らねえけど」と適当に返す。
「でも、被害者だって言う割にちゃんとやってるって拳悟君から聞いてますよ」
「まあ、やるからにはちゃんとしねえとだろ。部屋が狭くてしょうがねえ」
「パッドじゃないすかー! 悠哉君やりましょーよ!」
「俺はアイスを食おうとしてたトコなんだぞ。それを勝手に食いやがって」
「それはゴメンっす。美味そうだったんでつい」
底の方で溶けてカルーアと混ざった液体をグッと飲み干し、壮馬はさっき持って来た音源の包装を開けてコンポにセットしていく。俺は仕方なく冷凍庫から自分用のアイスを取り出して、せっかくだから奴の持って来たキャラメルリキュールでもかけてやろうかとこたつに戻れば。
「悠哉君! このROM何すか!」
「あー、明後日やるノルマ用音源」
「何すかノルマって」
「明後日やるのは基本的に他人の曲だ。それを耳コピで覚えてやれるようにして来いとかいう鬼畜仕様だ」
「へー! 尚更面白そうっす! 悠哉君このROM再生していーっすか!」
「好きにしろ」
ったく、“末っ子”はワガママ放題で困る。いつまでも声変わりしてねえときのノリで来やがって。はー……ったく、ここのところ来客が多すぎてマジで休まる時がねえ。年明けまでは諦めるしかねえかな。
end.
++++
ここのところ高崎の部屋に来客が多いようですが、パーソナルスペースが超絶広い高崎にとっては恐らくちょっとしたストレス。
雪が降るくらい寒いとなると、コイツの話にせなアカンやろ的な感じで書いていた。最近高崎多いっすね……
果たして壮馬の(ナノスパ的な)今後ですわね。誰かと繋がりがある体なのか、突発的にたまに出る感じになるのか。