「おー、菜月ー」
「おー、亮介ー」
生きてやがったかしぶとい奴め、と再会の挨拶もそこそこに本題に向けて動き出す。なんてったって寒い。ここのところ異様に寒かったし、今日も例に漏れず寒い。でもって夜だから余計に冷える。早く行くところに行ってぬくぬくしたい。
目鼻立ちのはっきりした痩せ型で(――と言っても圭斗ほどひょろくはない)、高崎と同じ銘柄(色がちょっと違う)の輸入煙草を手にうちを迎えたのは橘亮介。今は西の都・西京のお隣で古都・青丹エリアの大学に通っている。専攻は確か史学系だったかな? 歴史とか、そんな。
「ヤスは?」
「遅れるってー。何か風やら雪やらで電車アレだと」
「あー、あっちの方はなー」
「ま、先行ってやってましょうや」
これから始まるのは高校の悪友が集まる忘年会。大体うちの地元の光星か、亮介の地元の大鐘の駅近くの飲み屋でまったりとやってる感じ。今年は光星開催のターン。こうまで寒いと近いのが嬉しい。
「あーいた、奥村さん」
「うわっ、本当に来たのか街のボンボンが」
「いや、来いっつったのそっちっしょ」
「絶対来いとは言ってないぞ。と言うか本気にするとは思わなかった」
「ひでえな!」
突然声を掛けられて、驚いたのは無理もない。この前原とは向島で少し話したけど、連絡先は交換していない。今日何時にどこで待ち合わせになってるという情報こそ渡したけど。
いや、だって、まさか本当に来るとは思わないじゃないか。緑風エリアの本当のど真ん中にある中心市街地の、その中でも高級住宅街に家のあるボンボンが、山を越えてわざわざこんなところまで。
これにクエスチョンマークを浮かべているのは亮介だ。そりゃそうだろう、だってうちは何も言ってないんだから。高校メンツ水入らずの忘年会の予定が、何か変なのが来たワケだし。
「えーと、菜月」
「大学で知り合った前原とかいう男だ。何か、中学バドミントンでお前と因縁のライバルだった的なことを言ってるんだけど」
「中学……前原…? あー! 緑風堀内の前原君!」
「そーっすそーっす、緑堀の前原っす! 覚えててもらって嬉しいっす!」
「改めまして大鐘西部の橘ですー。懐かしいなー。えっ、大学って菜月と一緒で?」
「学部とかは全然違うんすけど、友達の友達みたいな?」
「それだ。友達の友達。それ以上でも以下でもない」
「って言うか奥村さん俺に対して辛辣じゃないすか!?」
「やー、菜月はこんなモンよ。この程度ならまだ毒やら棘やらは緩い」
「マジか。あー、まあ確かに真希と仲良いっつーことは、そうか」
立ち話も難だし店に行くかー、と歩き出す。赤提灯が並ぶ中から亮介が先に予約をしておいてくれた店へ。ただ、人数が予期せず増えているからコースとかじゃなくてよかったとだけ。と言うかヤスが来たらワケわかんないだろうな。
そして遅刻のヤスを置き去りに、先に乾杯を済ませてしまう。今日のメインはもつ鍋と串カツ。亮介と前原はビール、うちは杏露酒のソーダ割で。確かに亮介は1人増えたくらい問題なかったけど、話を聞いているとクズが1人増えたようにしか見えない。
亮介は相変わらず天然小悪魔フェロモンを撒き散らしてカップルを大量に別れさせてきてるし、前原は酒・タバコ・ギャンブルを地で行く堕落した生活。こっちに帰って来る旅費もパチスロでスッてゼミの友達から借りたとか何とか。
それでもバドミントンに関してはそれなりに本気で、ちゃんとやってたとかやってるとかなんだから、人って一面だけじゃわからないなと思う。オリンピックを目指すとかじゃないけど、それなりの大会に出たりはしてるとかなんとか。
「前原はアレだ、帰省の旅費をスるとか意味がわからない」
「って言うかさ、奥村さんも金には結構ルーズみたいな話じゃんな」
「お前と一緒にするな」
「いって!」
「おー、今のはキレイにデコに入ったね菜月。クリーンヒット。見てて気持ちよかった」
「だろ」
「いや、今のは痛いっしょ! バチーン言ったよバチーン」
ちょっとデコをパチンとやろうと思ったら、思いがけずバチーンといい音がしたし叩き心地がとてもいい。よく見るとキレイなデコしてんなー。あっ、もう1回やりたい。叩きたい。うずうずする。
「亮介、逃げれないように前原を押さえてくれ。うちは今のキレイな音と素晴らしい叩き心地をどうにかして再現すべくちょっとデコを借りて練習しようと思う」
「――ってナニ人を殴る宣言してんのってちょっ橘君やめっ」
「行くぞー、それっ!」
「いってえ!」
「今のはちょっと違った。もう1回」
「あー、野坂君に訴えないと! 先輩にイジメられたーって!」
「残念だったな前原、ノサカはこの程度じゃ何も驚かないぞ」
end.
++++
菜月さんが地元できゃっきゃしているようです。しかしまさか本当に前原さんが来るとは思わなかった様子。
パチスロで帰省分の旅費をスッて借りてきたと言うけれど、借りてきたその相手ってもしかして例に漏れず……
「生守」のときからそうだけど、前原さんはやっぱり生え際と言うかデコよね。菜月さんがローキック以外の攻撃手段を覚えたらしいぞ!