「おい拳悟、車出せ」
今日は月曜日で美容師の拳悟は仕事が休みだ。元々、どこか適当な月曜に会おうという話にはなってたから、連絡を入れて現在に至る。コイツには聞きたいことは2、3ある。返答次第ではぶん殴る必要もあるのだ。
乗り物には相変わらず酔う。しかし、車に乗らなければならない事情があった。助手席でコーヒーの紙パック片手に延々と自分の話を投げ続ける。喋り続けるというのは乗り物酔いに対する対処法のひとつだ。
「拳悟、単刀直入に聞く。お前、年末にギターやる予定はあんのか」
年末の予定と言えば、長谷川に吹っ掛けられた謎のイベントだ。長谷川周りのバンドを集めてメンバーをシャッフルしつつ適当にジャムるとかそういう。引っかかる点は早いうちに潰しておきたい。
「あっ、どこから聞いた?」
「いや、勘だ。まあ、事情を知ってるなら話は早い。知ってることを全部吐け」
「いやあ、俺もよくお店に来てくれる学生さんのお誘いに乗っただけだよ。面白そうだと思って。それで、たまたま残ってたTCFの音源渡したの。ちなみにその人はドラムやる人なんだって」
「出所はお前か」
「えっ、もしかして高崎のところにも話行ってるの?」
「俺のバイト先にいる売れないバンドマンが強引に話を進めやがってよ」
昔、俺は拳悟らとThe Cloudberry Funclub(以下TCF)というバンドを組んでいた。カバーもやったし、オリジナルも少し。内輪でのセッションが主ではあったが、ライブみたいなこともほんの少しだけどやっていたものだ。
高校に上がってからはその頻度も少なくなり、いつしか自然消滅した物だとばかり思っていた。そんな折に突如飛び込んで来た今回の話だ。全員揃うことはないにせよ、曲だけでも蘇るのかと。
生み出されたものの、日の目を見ずに沈んで行った曲は腐るほどある。それはTCFに限った話ではない。ただ、長い年月を経て泥の中から掘り起こされた種のような曲は、どう芽吹くだろう。それも、掘り起こすのは自分たち以外だ。
「正悟君とかも来るのか」
「ううん、兄貴はムリって。あと、ソーマはスケジュール調整中って」
「壮馬って今何やってんだ」
「今? えっと、アレだよアレ。トリプルメソッド」
「どっかで聞いたことあんな」
「こないだ向島限定の音源出たって言って持って来たよ」
「あの野郎、俺はシカトかよ」
「悠哉君は冬だから連絡つかなさそうだし諦めるって言ってたよ。引っ越した場所もわかんないしって」
TCFのメンバーたちも、それぞれの道を歩いている。拳悟は美容師だし、拳悟の兄貴でベースの正悟君も今では職に就いている。ボーカルギターの長崎壮馬はそのまま新しいバンドで音楽の道を突き進み、話を聞く限りインディーズでCDをリリースしたらしい。
つか壮馬がスケジュール調整して来るとか。コイツバカなんじゃねえかと思う。いや、元々バカではあったけどバカなんじゃねえかと思う。拳悟曰く、TCFも解散はしてないはずだから籍は残ってるでしょ、と。
「そう言えば高崎、今日わざわざ車に乗ったのって寒い以外に何か理由があるんだよね」
「ドラムパッドを買う」
「えーっ!? 高崎、やる気になった!?」
「やるからには適当な事はしたくねえ。拳悟、あとアパートの模様替えに付き合え。パッドを置くにはこたつが今の位置にあると邪魔なんだ」
「高崎がこたつを退かすなんて」
「片すとは言ってねえぞ。何とかして6畳にベッドとこたつとパッドを置ききる」
「無理があるんじゃないかな」
元々物の少ない部屋ではあるが、さすがにベッドとこたつとドラムパッドを置こうとするのは難しいだろう。だが、それを何とかしなくてはならないのだ。
「こんなときドラムだと場所を食うのがネックだな」
「あー、確かにギターならその辺に座ってても出来るからラクっちゃラクかも。でも、高崎がそんだけやる気になってるって聞いたらきっとソーマも飛んでくると思うよ!」
「そんな大層なやる気じゃねえよ。つか、お前はどういう曲をやることになってんだ、例の音楽祭とやらでは」
「聞いた感じリバーシってバンドが踊れるテクノポップ調のロックって感じで好きだなーって。高崎は?」
「多分バイト先の野郎がいるバンドの曲じゃねえかって思うんだけど、そのうちの1曲に殺意しか湧かねえ」
「何それ! 逆に楽しみなんだけど!」
end.
++++
年末の音楽祭に向けて高崎が少し準備を始めたようです。へえ、昔バンドをやってたのね。ちなみに拳悟は5人きょうだいの末っ子。
歳が下のメンバーは年長者に対して君付けなのね。高崎が正悟君って言ってたり、ソーマが高崎を悠哉君って言ってたり。
どんな状況だろうとこたつは片付けない辺りが高崎が高崎たる部分だよなあ。寒いと連絡がつかなくなるのは昔からなのか