たまにはご飯でも食べに行かないか、そう誘うと菜月さんはわかったと一言、出てきてくれる。夕方5時半、彼女の住むマンションに迎えに行けば、3時間前に電話をしたときの寝ぼけた様子はすっかりなくなっていた。
「お邪魔します」
「どうぞ」
「どうしたんだ圭斗、ご飯でも食べないかなんて。また何か作りすぎたのか?」
「いや、今日は外で食べたいと思ってね。せっかくだし、菜月さんと一緒にと思っただけだよ」
それに、夏合宿が終わってしまえば彼女はまた引きこもり生活に舞い戻っているだろうと。元々インドア派の上にまだまだ残暑厳しいこの時期に、外に出ているはずがないと確信を持った上での電話だった。
「ところで菜月さん、何が食べたい?」
「今日は野菜の日だってな」
「ん、ラーメンだね」
彼女の言う「野菜」とは、1日に摂取すべき野菜の約3分の1の量の野菜炒めが乗った野菜塩ラーメンのこと。偏食傾向にあって野菜嫌いの彼女が自ら進んで野菜を食べているのはこのラーメンの上に乗る野菜炒めくらいしか見たことがない。
そう言うと大袈裟だと言われるのだけど、今の話題においては根菜類をカウントしていない。主に緑黄色野菜、特に葉物。飲み会の場でも、付け合わせのレタスやキャベツを僕や三井に押しつけるのはよく見る光景。ほら葉っぱだよー、なんて。
「本当は野菜炒めだって好きじゃないんだぞ」
「それでもラーメンの上に乗っているなら食べるのかい」
「仕方なくな。キャベツやレタスなんてあんなの人間の食べる物じゃないじゃないか。いや、キャベツはまだお好み焼きとかロールキャベツがあるから許せるけど、レタスなんてあんなの、ウサギの食べ物じゃないか」
「それはちょっと言い過ぎだろ」
彼女の話を聞く限りではどうやら生野菜が好きではないようだった。焼いたり煮たりしてあれば食べられる物も増えるとのこと。天地がひっくり返っても食べることが出来ないと言うトマトにしても、チキンのトマト煮などのメニューであればおいしく食べていると。
確かに先述のキャベツのことにしても、お好み焼きもロールキャベツも生食ではない。ただ、レタスを加熱するようなメニューだと、僕はレタスチャーハンくらいしかすぐに思いつかない。それ故、ウサギの餌の域を脱しないのかもしれない。
「実家ではどうしてるんだ。何かしら付け合わせに葉っぱが出たりしないのかい?」
「出るけど、全部葉月の皿に移してる」
「お兄さんに押しつけてるのか」
「葉月はサラダを山のように食べるし、おまけにマヨラーなんだ。うちはマヨネーズも好きじゃないから本当に理解が出来なくて」
「お兄さんからすればサラダが嫌いな菜月さんが理解出来ないんじゃないかい」
「と言うか、葉月も葉月で偏食だし、うちと好き嫌いがほぼ真逆だから理解し合える日は来ない」
好みが真逆な偏食兄妹だなんて、さぞかしお母さんは苦労してるんだろうなと察するまでに時間は要らなかった。そう考えると、彼女が野菜を食べたいという言葉でラーメン屋に僕を誘導するのも、お母さんから見れば革新的なことなのかもしれない。
「まあ、夏合宿が終わって不健康な生活に戻ったから、せめて野菜でも食べておこうと」
「お言葉だけど菜月さん、野菜を食べたからと言って健全になれるわけではないとだけ言っておくよ」
この調子だと、数日外に出ないなんていうことも常態化しそうだな。彼女がニンジンやゴボウなんかの根菜を好きなのも、そういうところでシンパシーを感じていたりして。なんてね。
「と言うか、電話した午後2時半の時点で爆睡してたっていうのはどういうことなのかな」
「いいじゃないか、夏休みなんだから」
end.
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野菜の日ということで野菜嫌いの菜月さんだよ! 菜月さんには1コ上のお兄さんがいたりして。冷やし中華にもマヨネーズかけるよ!
いろいろ苦手なものの多い菜月さんなので、栄養のバランスをなんとかしようと野菜生活は飲んでいる様子。どこかで聞いたね!
飲み会でキャベツやレタスを押し付けられてる圭斗さんや三井サンの話とかもやってみたいですね、いつか。