公式学年+1年
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「おはよー」
「おっ、佐竹うーす」
「佐竹さんおはよう」
夏は夏でゼミの課題はてんこ盛り。スタジオは例によって昼も夜もない。午前11時半、スタジオの重い防音扉が開き、フロアへと下る階段を見上げれば、手荷物を提げた佐竹さんが降りてくる。
「唯香さんは?」
「安曇野タイムは健在で」
「だよね、知ってた。唯香さん昨日オンタイムで深夜アニメ見てたしね。アタシはそこで寝たんだけど唯香さんはその後から部活の作品制作してたみたいだから」
「つーかそれを知ってる佐竹がちゃんと来てんのに安曇野がいないっつーのはどうなんだ」
芸術家はどこか変わった人が多い、というのをどこかで聞いたことがある。ひょっとすると芸術の偉人のイメージをそのままそれに携わる人全般に植え付けているのかもしれない。
ただ、安曇野さんも一筋縄では行かない人だというのはこれまでの数ヶ月間でしっかりと感じたこと。美術部に在籍しているということがどこか常識離れした佇まいにも「そういうものか」と納得させるには十分な要素。
「来る途中でカレーパン買ってきたから食べよう」
「マジか、佐竹いいのか?」
「こないだ鵠沼クンにはスイカごちそうになったしね」
「俺は何もごちそうしてないけどいいの?」
「高木クンには餌付け、言い方を変えて先行投資ってことで。この課題を上げるにもエースの働きは重要だし」
餌付け、もとい先行投資のためのカレーパン。とは言え暑くて何もかもが面倒になっている今現在、久々の油物にウキウキしている俺がいる。米を炊くのも面倒で最近は酒ばっかり飲んで過ごしていたから。
佐竹さんが開いたドーナツ屋の袋には4つのカレーパン。甘口と辛口が1個ずつと、中辛が2個。選択肢が用意されているとつい悩み始めてしまうのだけど、それを回避するには選択権を他の人に譲ること。
「佐竹さんはどれにするの?」
「アタシはどれでも。あ、でも唯香さん確か甘口カレーはカレーじゃないって言ってたから唯香さんは甘口以外がいいだろうね」
「あ、じゃあ俺甘口もらうわ」
「そっか、鵠さん辛いもの食べれなかったね」
「えっ、鵠沼クンそうなんだゴメン!」
「いや、カレー自体は好きなんだけど、なんつーか辛いのが食えないっつーだけだ」
「それじゃあ俺は中辛をもらうね。佐竹さんありがとう」
サクサクと食べ進めるカレーパンは美味しい。久々にまともな物を食べたという事情もあるのだけど、それを抜きにしても。それがたとえ餌付け……じゃなくて先行投資のためのそれだとしても、俺に出来るのは持ちうる技術でそれを返すこと。
「おはよ〜」
「あっ、唯香さん来たね」
声のする方を見上げれば、サングラス姿の安曇野さん。その足取りはとても重い。サングラスをしているということはほぼノーメイクに近い状態なのだろう。ひょっとすると寝起きなのかもしれない。
「安曇野お前いつになったら時間通り来やがるんだ」
「うっさいな、寝起きなんだからうだうだ言わないでよ」
「知るか」
「大体日の出から活動する波乗り野郎と1日のリズムを一緒にされても困るし!」
「唯香さん寝起きのところ悪いんだけどカレーパン食べる?」
「えっ、食べる食べる! ところで由香里さんそれ甘くないよね?」
「大丈夫、男子が唯香さんのために辛口残してくれてるから」
物は言いようなのかもしれない。安曇野さんのためにということは全くなかったのだけど、偶然残ったそれに対する言い回しが巧みだと思った。と言うか、そもそも俺たちに安曇野さんは甘いカレーが好きじゃないという情報をもたらしたのは他でもない佐竹さんだ。
「おい安曇野お前それ食ったら素材選ぶぞ」
「今テキトーに流しといてよ、食べながら聞くから」
「遅れてきてるクセにお前は偉そうだな」
ナンダカンダで佐藤ゼミ2年3班は上手く回っているのかもしれない。カレーパンひとつで確信するのもおかしいかもしれないけど。
end.
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久々にちゃんとした(?)佐藤ゼミ話。由香里さんがカレーパンを買ってきてくれました。佐藤ゼミがきゃっきゃしてるのかわいいよね
そして久々にすっぴんのサングラスあずみんは厳ついといいよ……もともと鵠あずって厳つい設定だしさ見た目がさ。厳ついのとキレイドコロね。
あずみんもナノスパで指折りのフリーダムキャラなんだけど、学年通りにフリーダムな話もやりたいね!