「はー、お疲れさまー」
「お疲れさまでした」
「じゃあ、撤収からの移動ねー! 青山隊行くよー」
――と、いつから“青山隊”になったのかはわからんが、路上ライブが終わって次の場所へと移動する。
元は、青山さんから吹っ掛けられた話だった。春山さんに対するドッキリを仕掛けたいのだと。現在、春山さんは年末年始で実家のある北辰エリアに帰省している。春山さんのいないところで面白いことをやるぞ、というドッキリだ。
それが、ブルースプリングのベース抜き編成でやる路上ライブ……だけの予定だった。オレも春山さんへの復讐のためと青山さんからの誘いに乗ったまでは良かったが、路上が終わってからもまだまだ宴は続くのだという。
機材サポートの高山、それから路上ライブを見に来ただけのつもりが気付いたら踊り子と化していた綾瀬もこれから始まるもうひとつの宴の出演者。“青山隊”と名付けられたオレたちは、それぞれの機材を担ぎ駅へ向かう。
「うわ、わかってたけど人が多い」
「当たり前のこと言ってんな浅浦、年末のスーパーは戦場だぞ!」
「お前はどこの主婦だ」
「主婦ではないけど、少なくとも普段から慧梨夏には食わしてるから場数はそれなりに」
年末のスーパーとかいう戦場に、伊東を伴いやって来た。今日の本題は夕飯の材料。具体的に言えば年越し蕎麦とそのおかずの材料になる。うちの父さんが蕎麦を打つのにやたら気合を入れていて、毎年伊東家の面々を招待しているのだ。
歳末商戦でスーパーはポイント10倍。物要りとポイント倍増が重なっての人混み。俺は既に挫けそうだ。そんな俺の尻を叩くのは、歴戦の勇士と呼んでも何らおかしくはない伊東。尻込みするどころか意気揚々と、水を得た魚のようだ。
単に買い物であれば伊東一人で来ればいい。ただ、コイツは方向音痴という致命的な弱点があって、それがたとえ20年以上住んだ土地だろうとお構いなく発揮される。食材をダメにされないために、ドライバーとしての俺だ。
「ちー、いるー?」
「ああ、あずさ。どうしたの?」
「ううん、ちーは今年の年越しどうするのかなと思って。ハルちゃんはお店でしょ?」
「今日は休みにするって言ってたけど」
「あ、そうなんだ。じゃあハルちゃんも一緒におそば食べようよ。ちーがいっぱい食べるからって思っておそばはいっぱい持って来てるし」
あずさがおそばと天ぷらの材料を持ってうちにやってきた。あずさがこうやっておかずの入ったタッパーや食材を持って来てくれたりするのは父さんと母さんが亡くなってから。あずさのお母さんが持たせてくれていた。
「おー、菜月ー」
「おー、亮介ー」
生きてやがったかしぶとい奴め、と再会の挨拶もそこそこに本題に向けて動き出す。なんてったって寒い。ここのところ異様に寒かったし、今日も例に漏れず寒い。でもって夜だから余計に冷える。早く行くところに行ってぬくぬくしたい。
目鼻立ちのはっきりした痩せ型で(――と言っても圭斗ほどひょろくはない)、高崎と同じ銘柄(色がちょっと違う)の輸入煙草を手にうちを迎えたのは橘亮介。今は西の都・西京のお隣で古都・青丹エリアの大学に通っている。専攻は確か史学系だったかな? 歴史とか、そんな。
「ヤスは?」
「遅れるってー。何か風やら雪やらで電車アレだと」
「あー、あっちの方はなー」
「ま、先行ってやってましょうや」
「年の瀬の忙しい時期にお邪魔して申し訳ございません。こちら、つまらない物ですがお世話になりますお礼と年末のご挨拶を兼ねてお持ちしました。どうぞ皆さまでお召し上がりください」
「あらー、こーたクンいつもご丁寧にどうもー。どうぞ上がってー」
「お邪魔します」
こーたがちょっとした荷物を持ってうちにやってきた。本人曰く「親年代の女性と仲良くなるのは得意」とのことらしいけど、うちの母さんもこーたには甘い。どんなにこーたが人として出来ているように見えても所詮ただのウザドルだ。