その講義の成績基準が「出席100%、考査0%」とは言えこの時期ともなれば中だるみして教室内の人口密度も少しは下がってくる。もちろん、考査0%とは言え全く成績に関係ないかと言えばそうじゃない。テストと出席なら出席の方を重んじますよ、という極端な書き方らしい、先生曰く。
「やっぱりこの時期は少ないね。まあ、しょうがないか」
頬杖をついてぽけーっとスクリーンを眺めつつ、前の方に人がいないから影も映らないしノート取りやすくていいな、なんて思ったりもして。パワーポイントで講義が展開される教室は少し暗い。おまけにこの越川の声がまた眠くなる類の声なんだよね。ツラっ。
そう言えばこの講義はサークルの後輩も取っていたなあ、とか思って教室をチラりと見渡すけれど、少なくともアタシより前列にその姿はない。1年生のこの時期で1人暮らし。ダレ始めるには材料が揃っている。そして教壇に視線をやって気付く。この2人、見た目とか喋り方の雰囲気がそっくりだ。メガネをかけているところも。
あーだこーだと講義は続く。教室に時折流れるポップミュージックもまた眠気を誘うには十分すぎる材料で。決してつまらなくないしむしろ面白い方なのに、ここまで眠くなる講義ってのもある意味才能かも。軽い不眠症くらいなら治せるかもしれない。
すると、突然教室の電気が灯って窓のブラインドも開けられる。蛍光灯と日光で一気に眩しくなった教室には、眠りの世界から戻ってきた学生もちらほらと。そして越川は暢気に「おはようございます」なんてアナウンス。プラネタリウムの終演かっての。
「やっぱり部屋が暗いと眠くなっちゃうよね。部屋明るくてもパワポ見えるかな。前の方ブラインド閉めとけば見える? あ、眠い子気分転換してきてもいいよ。5分くらい休もう」
この教室の明るさ調整の間に、何人かの学生は外に出てしまった。ガチャリ、ガチャリとひっきりなしに回るドアノブ。外に出ていった連中が戻ってくることはないだろうなあ。
アタシはと言えば、眠気覚ましになるような物はないかと鞄を漁るけど、当てはなく。普段から先輩にされるように自分で頬を引っ張ってみるけどあそこまで非情なことは出来ない。
教室から出る人の波に逆らうように、教室に入ってくる影がひとつ。その黒い固まりには心当たりがある。どうやらアタシの存在を確認したのか真っ直ぐこっちに向かってきて、暢気な顔しておはようございます。
「果林先輩、終わっちゃいましたか?」
「ううん、5分休憩だって。みんな寝てたからじゃない?」
「まだ出席カード書いてないですよね?」
「うん、まだだね。いいときに来たよタカちゃん」
何事もなかったかのようにアタシの隣に座ったタカちゃんは、鞄からフリスクを取り出して授業再開を待ちわびる。アタシもそれを3粒もらって噛み砕けば、ちょっとすーすーしていい感じ。
「タカちゃんどうしたの、寝坊?」
「ですね。うち遮光カーテンなんで朝が来たのに気付かなくて」
「贅沢だなあ。でもたくさん寝たからもう大丈夫だね。アタシ寝ちゃったらタカちゃんノートよろしく」
「自信はありませんけど」
5分が経ち、越川は相変わらず暢気に「結構減っちゃったね」なんて言っちゃって。自分が減らしたんじゃないかと思いつつ、講義の再開にシャーペンを握って。
「それじゃあ、今残ってくれてる人にボーナスあげちゃおう。出席カード配るから、帰り出してってね。あ、寝てる人の席は飛ばしてね」
そして回ってくる出席カードをタカちゃんに渡しつつ思うのは、成績には運の要素もあるんだなということ。
「タカちゃん、いい時に来たね」
「本当ですね」
「恨めしいくらいには運がいいよタカちゃん」
「ちょっと出来すぎですけどね」
end.
++++
これがヒゲさんだとこうはいかないんだ。ヒゲは授業の最初に点呼で出席取るからね!
越川さんは緑大社会学部メディア文化学科の若手の先生。高崎もこの先生は嫌いじゃないらしい。
そしてとうとうメッキが剥がれてきたタカちゃんなのであった。これから先はどうなるのやら。