彼女の様子を一言で表すとすれば、「落ちている」というそれに尽きるなと思った。気持ちが落ちて、沈んでいる。そんな風に。
今日は向島大学の新4年生を対象とした健康診断の日だ。彼女はこの春休みで実家に戻っていたようだけど、19日に卒業式を終えてからは実家に戻ることなくこっちでしばしの時間を過ごしていたようだ。
僕たちの学年も大っぴらな就職活動が解禁され、さあやるぞとスタートダッシュを決めようと意気込んだ面々が鼻息を荒くしている。僕はマイペースに構えているけれど、やりたいこともわからないんだと嘆いていた菜月さんはいかに。
「いや、気持ちが上がらないのは就活もだけど卒論の方が大きいぞ」
「ん、そうなのかい?」
バイト先が年度末の繁忙期に入って、朝から晩まで働き詰めの生活。俺は働けるなら働けるだけずっと仕事をしていたいけど、主任がそれを許してくれなかった。大学で健康診断がと履修登録あるから午前中だけ有給を使いたいと申請したときに、丸一日休みなさいと言われて。
有給を使うんだからその分の給料が入るじゃないかと思うけど、お金だけの問題じゃない。急に休みだと言われても身の振り方がわからないという問題がある。それに、有給だと定時までしか換算されないから、残業代が。
俺が何のためにこんなに一生懸命バイトをしているのかと言えば、生活のためと言えるかもしれない。繁忙期で一気に稼いだお金は、自分の学費の足しとして使ってほしいと兄さんに渡すことにしている。兄さんには自分のお金は好きなように使ってほしいし。
お金のためだけじゃなくて、倉庫での仕事、物流の仕事が好きなんだなという風にも最近は思い始めている。大学3年、新4年という学年柄、就活の一環でいろいろ見聞きしているけど、自然と調べるのは物流系の仕事が多かった。
「なーリンー」
「む。何だ、カンノ」
「リンってもうバンドやんねーの」
今ではゲーム実況の方が濃い感じになっているけど、元々俺たちとリン君は音楽で知り合っている。年末にあったシャッフルバンド音楽祭という企画が元で出会っていて、俺とカンはCONTINUE、リン君はブルースプリングというバンドで出ていた。
CONTINUEは今でも精力的に活動をしているし、USDXで使っているBGMもCONTINUEで作っている曲がちょこちょこある。だけど、あれからリン君がバンドで忙しそうにしている様子を見たことがなかったのだ。
そりゃあ、俺だって少しは気にしてたけど、それをズバッと訊きに行けてしまうのがカンなのかもしれない。やってるのか、やってないのか。やってないとすれば、これからどうするのか。進退が気になるのだろう。
「ここが新しく出来たっていうコインランドリー?」
「何か伊東がめっちゃ勧めてきたんだよな。布団洗うなら絶対おすすめだからっつってよ」
「へー」
「伊東が言うんだから相当良いに違いない」
「えっ、カズってそこまで洗濯に信頼あるの?」
「アイツはガチ勢だからな」
拳悟を引き連れやってきたのは最近出来たというコインランドリーだ。店の外装が俺の知っている薄汚い、もしくは白一辺倒で狭いというコインランドリーのイメージとは違ってかなり洗練されているし、中にはカフェスペースなんかもある。
「川北、来週からは戦争に入る。準備に漏れがないか今一度確認しておいてくれ」
「はーい、わかりましたー」
春山さんがいなくなってはじめての繁忙期。カナコさんとアオがスタッフとして加入してくれたから人自体は増えているけど、冴さんはもういないものとカウントしろという林原さんの通告もあったし、繁忙期を回すには少し不安がある。
この時期の繁忙期というのは履修登録とその修正に関わる物で、3月末から4月中旬くらいまでは続くんだそうだ。システム面のことだけでなく単位の制度も理解していないといけないし、自分の学部以外のことについて聞かれるのも茶飯事で。
バイトリーダーの林原さんからは、今いるスタッフでは俺が林原さんの次に歴が長くなるからいろいろ頼むことも出て来るという話があった。まだ新2年生なのにもうそういうポジションになっちゃうんだなあと思って。少し気が気じゃない。