昔むかし。

まだ、俺の父さんと母さんがいた時。

保が、今よりもまだ、変態じゃなかった、時


僕はたまに家に遊びにくる叔父である保が大好きだった。

少し優しいお兄さんの、ようで。

一日中側から離れないくらい、好き、だった。


昔は…ね。

まだ純粋だったから

『たもつー』
『なんだ、シンジ?』

幼い記憶。
6つくらいかな

記憶の中の保は今より少し若かったけど、今と同じ整った、甘いマスクをしていた。


多分、その頃も今と同じで女にもてていたんだと思う。

遊んでいる時、何人もの女の人から携帯に電話されていたから。

記憶の中の僕はツカツカと胡座をかいている保によると、そのまますとん、と保の組んだ足の間に座る


『あのねーぼく、たもつと遊ぶの大好き』
『んーそうかー』

保は嬉しそうに笑いながら、僕の頭を撫でる。

そうだ。

昔から保は、僕の頭を撫でるのが好きだったっけ…。

まだ本当に子供の時は、それがくすぐったくて。
でもその手は温かくて

よく、おねだりしたんだよな…

なでなでして、って。


…昔を思い出すと…本当に恥ずかしい。

うああああって叫びたくなる。



『あとね、ママとなでなでされるのと同じくらい、たもつになでなでされるのもすきなの

ぼく、たもつがすき』


『そうかそうかー叔父さんも好きだぞー』

『ほんと!』

『あぁ、本当ほんと』


『じゃあ…じゃあずっとなでなでしてね!

僕が大人になっても!
ぼく、ずっといい子でいるから』

ああ、子供って無垢だよな。
なんであんな事言っちゃったんだろ。

そしてなんで、今になってもまだこんな事覚えているんだろ…

僕にとって、あの頃の思い出はいいものだったからかな。

父さんがいて、母さんもいて。
保もいて。

僕の周りには沢山大好きな人がいたから。



『たもつも、なでなでされるの、すき?』
『あぁ、好きだよ、シンジ』
『じゃあ、ぼく、なでなでしてあげるね!
なーで、なーでー』

保の膝の上にちょこんとのったまま、手を伸ばし保の頭を撫でる。

保はそんな僕に目尻をダラリと下げゆるゆると口元を緩めながら、僕がやる事にされるがままだった。
(その時から保はショタコンだったのかもしれない)

『たもつ、なでなで、いい?』

『ああ…』

『じゃあもっとやってあげるね。なでなでー』

そして飽きもせず、ずっと手を伸ばして叔父の頭を撫で続ける僕は…


うん、はっきり言うとかなり痛い子だったかもしれない。
でも子供の時は本当になんでも真剣だったんだ。

保にただ喜んで貰いたくて。



『たもつ?』
『…シンジ、


そんなになでなでするのすきか?』

僕の撫でている手をとり、にや、っと意地悪い笑みを浮かべる保


あれ、こんな記憶あったかな……?

なんか嫌な予感が……


『たもつ……?』
『…なでなでするの好きかー



なら


俺のズッキーニを


なでなでして貰おうか……』



保がそういった途端、保の…保のアレがみるみる
大きくなっていき



「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁ」


僕を押し潰した


(俺の可愛い恋人さん。なでなでして!編)


「はっ…」

カッと目を開く。
また、大量の、ひや汗。

ベットリとした嫌な汗が、服に張り付いて仕方ない。気持ち悪い


「あ…れ…」

周りを見渡すと…保も幼い頃の僕もいない。

夢…
また、夢…

なんだよ、もう。


なんかこういうノリ、前も見たような…

なんていうデジャヴュ。

懐かしい夢だなぁ〜なんて思っていたのに!
昔を懐かしがっていたのに!

「なんで、久しぶりの思い出までズッキーニなんだよ!保の馬鹿」


ボフボフ、っと八つ当たりのように布団を数回殴る。

衝撃により、布団の毛がパラパラと抜ける。

保が奮発して買ってくれた羽毛布団は、僕がボフボフ殴った事により少し毛がなくなりぺしゃんこになってしまった。


これから寒くなるのに…やってしまった。


「た、保がいけないんだからっ!せっかく懐かしい夢だと思ったのに!」

僕はぺしゃんこになった布団を保に責任転換しつつ、着ていたパジャマを脱いでリビングに向かった。

現在午前10時。天気は…晴れみたい。
カーテンの隙間からさんさんと太陽が照っている。
今日もいい天気だ。


今日は土曜日だから学校はない。

だから今日はゆっくり出来るんだ。


保も保で、昨日から重大なオペが入っているとかでいつ帰れるかわからないらしいし。

今日は家には僕一人だ。


たまの休日の一人。
何しようかな。


こんなに晴れているなら溜まっている洗濯でもして…、


て。


「あれ、」

パジャマを着替えて今日の予定を考えながらリビングに入ると、ソファーにぽつん、と人影が見えた。


そこには…、


「保?」

保がいた。
そこには少しやつれた保の顔があった。

保はソファーに座わり、足を投げ出してポケっとしている。
視線を宙にやって、どこか遠くにいっているような…

青白く疲労感溢れる顔

「…保…」
「あ、あぁ…シンジか…。ただいま…」
「あ、うん」

力無く、口元をあげて笑う保。

なんか…なんかスッゴく疲れているみたいだ。

いつもなら朝目が覚めた僕にうざい程過剰なスキンシップを仕掛けてくるのに。

今はスッゴく大人しい。

いつもとギャップがかなりあるから、なんか変な気分だ。


「いつ帰ったの」
「ん?今…かな…、

さっきまでオペ、だったから…」

さっきまで手術だったんだ…。

だから疲れているのかな。

こんなぼんやりと、して…。

「寝ないの?」
「あーうん…、後で、な…」

じゃあ早く保の部屋に行って寝ればいいのに、保は何をするでもなくぼんやりとそこに座っている。


なんか、あったのかな。
受け答えも、どこかはっきりしない。おざなり、だ。
どうもナーバスになっている…ような。


僕が心配したって仕方ないけど…


 保が座っているソファーの横を通り過ぎ、リビングにあるテーブルにつく。

とりあえずお腹も減ったから、軽く腹ごしらえ。


テーブルにあったパンを手にとって食べながら、保を盗みみる。


保は相変わらずぼんやりと視線を巡らせたままだ。

何だろう…こんなナーバスな保、保らしくない!
絶対に、変だ!


心配とかそういうんじゃなくて…

そう、保がいつもの保じゃなくて、気持ち悪いから。

なんか気持ち悪いから。
だから凄く気になるんだ。

 変態な保も嫌だけど…でも今の元気のない保はもっと嫌だ!


僕は朝食もそこそこに食べ終えると、テーブル席をたち、保が座っているソファーの隣に腰掛ける。


保は瞳だけ一瞬チラリと僕に向け、またぼんやりと視線を宙に移した。


「保?」
「あぁ?なんだ?」

だから、なんでそんな力無く笑うんだよ!

いつもは僕に話し掛けられたらゲヘゲヘ気持ち悪く笑うのに!

なんで…


「なんか元気ないね……。
べ、別に心配とか、してないけど!

でもなんかいつもの保じゃないから気味悪いっていうか…
なんか調子狂うっていうか」

ああ、もう。
心配、はしてるのに。
どうしてこんな事言っちゃうのかな〜

僕はっ

素直に大丈夫?って聞けばいいのに!
なんで余計な事ばっか、言っちゃうんだろう……。


「元気、ないの…?」

余計な事は言わないように注意しつつ、小さな声でそう聞けば

「あぁ…ちょっと…な。」

保はやっぱり力無く、笑った。


そんな風に無理に笑わないでよ…。
無理した笑いは見たくないよ…。


やっぱりなんかあったんだ。

病院で…かな。

病院しかないよね、この場合。


保に彼女なんか、いないはずだし……

他に悩む事なんて…多分ないはずだ。


「どうして…元気ないの。
誰になにかされた…の」

「…いや…」

歯切れ悪く、ふっと息を落とす保。


やっぱりなにかある…絶対!


だって、なんか落ち込んでいるような気もするもん。今の保。


しばらく、黙っていた保だが、じっと見つめていた僕に気づいたんだろう。

保は苦笑し、ゆっくりと唇を開いていく。


「元気、ない…かもな…」


「保…」

やっぱり。
僕の思ったとお…


「俺のズッキーニ」
「は?」

「俺のズッキーニ、どうも元気がないの…シンジにもわかったか」
「にゃ…!?」

ズッキーニ?


「シンジが俺のズッキーニを撫でてくれれば、すぐ元気になると思うんだが」
「な、」
「やってくれないか?なでなでっ、て」
「〜っ、ば、ばかっ!」


人が早速心配してやっているのに〜っ!
こんな時もふざけるなんてっ

なんでこんな時までズッキーニなんだよっ

僕は真剣に本気で心配したのに…

なんだよ、もうっ
もう絶対心配してやるかっ!

ふん、っと、顔を背ける。

と。

コテン、と肩に、かかる、重み。


「…保…?」

「………馬鹿だよな…

震えが、止まらないんだ」

「…保、」

空気が変わる。

僕の肩に顔を埋めて、僕を抱きしめる、保。

その声は、小さく、震えていた。
頼りなく、心細そうに。

その声はどこか泣きそうな、辛そうな声だった。


「保、」

なにかあったの?
なにが、あったの?

聞きたいけど、聞けない。
どこか弱々しい様子の保をみていたら。

「たまに怖くて、仕方ないんだ…医者である事が、怖くてたまらない」

なにも、言っちゃいけない気がした。


何かいえば、保が泣き出してしまいそうだったから…


ただ僕は、抱きしめてくる保の手に自分の手を重ねるくらいしか、出来なかった。

それくらいしか、僕には出来なかった。



「俺はブラックジャックなんかじゃない。

本当は怖くて仕方ないんだ。

人が死ぬのも。手術するのも


末期患者に大丈夫っていうのも。笑いかけるのも

昨日まであった笑顔が消えるのも。

人の身体にメスを入れて生かして痛みを続けるのも

苦しくて仕方なくなるんだ…」

ぎゅ、と、僕の肩に置いていた手を強くする、保。

肩口のシャツの布がぐしゃ、っとシワを作る。

カタカタ、と小さく震える手。


それは、保の、普段は見せない、《弱さ》だった。

普段はおちゃらけた保が見せる、小さな小さな、《弱さ》

医者という仕事は人を助ける仕事。

でも、その反面。

人がどんなに頑張っても、助かる事ができないと人の無力さを1番わかる仕事だ。


 保の同僚でたまに家に遊びにくる、秋月(あきつき)さんも言っていた。

たまに保はその重圧から逃げ出しそうになるって。


保は本当は根は真面目なんだ。
僕には変態だけど。


真面目過ぎるから、誰よりも命を大事にしていて

手術もとても丁寧に行う。

もちろん、人の命を助ける事に生きがいを持っている。

でも、たまに。

たまに、保の重圧やらキャパが超えた時

保は壊れちゃうんだって。

自分にのしかかる重圧に。

頑張っても、消えていく命のはかなさに。

結局は何も出来ない自分に。


保は狂いそうになるんだって。


その時僕がちゃんと保を見てやれ、って。

秋月さんが、いやに真面目な顔して言っていた。


それは保と同じ医者であるからこそ、気づいた言葉だったんだろう。

そう言った秋月さんはかっこよかった。

少し保との仲を嫉妬しちゃったけど

「シンジ…お前はずっとそこにいてくれ、」

懇願するような、保の声。


「俺が、俺である為に……お前は、ずっと…」

その泣きそうな声をきくたびに胸がキュッとする。

僕自身も悲しくなるくらい。



ー泣かないで。


僕はちゃんと、ここにいるから。

ちゃんと、保の傍にいるから。



普段はちゃらちゃらした、ふざけた叔父さん。

でも、本当は。

本当は誰よりも真面目で人の命を考えている叔父さん。

だから、たまに重圧に押し潰されそうになる、叔父さん。




「ずっと、傍にいて…くれ」


僕はそんな保が……


愛しい。



震える保の背中をぽんぽん叩き、頭を撫でる。


なにも言わない。

でも、保ならきっと、なにもいわなくてもわかってくれる。

なにもいわなくても。
僕がずっと傍にいる事を。



僕は保の震えが止まるまで、ずっと保の傍にいて保の頭を撫で続けた……。

保の震えが止まるまで


ずっと。