あいつが好きだった。
あいつの事が、誰よりも好きだった。
でも…
「あぁ、お前ホモなの。
ホモとか…マジ勘弁しろって…
キモいし」
そう言って、俺を避けずんだ目で見ていたのを、今でも忘れられない。
あんなに
嫌われるくらい…
いっそ、
出逢わなければ、良かったのに。
お前に会わなければ…
きっと俺は、男を好きな自分に気づかなかったのに。
*
玉乃川自動車学校。
俺はそこの指導員だ。
俺の名前は白井瑞穂。
少し痩せ型で、ほっそりした身体。
色素の薄い、茶色が混じった肩近くまである長い髪は、よく女の子みたいとやゆされる。
簡単に俺を自己紹介すればそんな感じだ。
俺自身も、小さい頃から女顔で、母親や姉からは何度も着せ替え人形ならぬ女装をさせられた。
まぁ、これが似合うのだ。
あまり嬉しくない事に。
そして、今、俺は大変不名誉であるが女装し、教習を行っている。
これには深い訳があって、けして俺が自分の趣味でやっている訳ではない。
むしろ、仕事にそんな趣味でくるやつ自体、そういった特殊な仕事をしていないとやらないだろう。
では何故か。
俺が女装している訳は、教習所にいる女教官達がほとんど辞めた事にある。
辞めた、と言ってもただ辞めたのではなく、引き抜きだ。
近くに同じような教習所ができ、そこの売りが「女の子でも安心、女性教官」なのだ。
内気な女の子なんかは男の教官を怖がったりする。それに何故か男よりも女の人の方が優しい、と思っている男もいるらしく、中にはどうせ指導されるなら可愛い女の方がいいというやつもいる。
女教官を多数引き抜かれた今、うちにいるのはたった二人しかいない。それに対し、女教官を指名してくる人間は多い。
今回、俺は女教官を何人か増やす間、臨時で女に成り代わる事となったのだ。
「扶川直久…」
自分が受け持つ教習生の原簿をみて、瞬時に固まる。
それは、俺が好きだった同級生と同じ名前だったからだ。
原簿には写真もつけられており、そこには記憶より少し成長したものの、相変わらず人を魅力する整った端正な顔があった。
知らず知らずのうちに顔が強張る。
なんで…あいつが…
俺が担当するのか?
あいつを…?
記憶の中の避けずんだ視線が蘇り、チクリと胸をさす。
もう何年もたっているのに…俺は……
「先生…?」
「えっ…」
「あんたでしょ?今日の担当。俺、扶川です、よろしく」
ニコッとそう言って俺に笑いかける扶川。
口元に携えた笑みは、高校の時、よく見せてくれたものと似ている。
でも俺が好きと告げてから俺には見せてくれなくなった…笑みだ。
気づいて…ないのか?
俺の事に……。
「…よろしく」
「あ、あぁ」
内心ドキドキしつつも、成長した扶川の顔に見惚れる。
昔もかっこよかった。
でも今は大人の色気も出て、さらに色気があり男らしい。
あんなに嫌われていたのに…俺はまたどうしょうもなく、扶川にときめいてしまっていた。