バレンタイン…
その日は、男女問わずドキドキと胸ときめかす日である。
女の一挙一動に男は赤面したり、そわそわしたり…
意識したり…。
チョコの一つで悩んだり。
まさに恋愛のための日だろう。
だが、そんなバレンタイン…快く思わない人間も、いるもので…
オレもその一人だった。
オレの名前は坂巻依鶴(さかまきいづる)
26歳。
彼女は…いない。
と、いうのもモテない訳じゃない。
自分で言うのも何だがオレの顔は整っている筈だ。
では、何故バレンタインが嫌いなのか…。
まぁ、話すと長くなるもので…
でも簡単に言うとオレが女という生き物が嫌いな訳だったりする…。
オレは、女が嫌いだった。凄く。
特に、バレンタイン云々で浮かれている女は視界にも入れたくないくらい嫌いだった…。
「明日は…バレンタインな訳だが、学生の本文は勉学だ。
故に、学問に必要ないものを持ってきたら容赦なく没収するから。
そのつもりで…」
いつものように、慇懃な態度で生徒たちに言い放つ。
え〜。ブーブーと激しくわくブーイング。
全く、何をみんなバレンタインくらいでうつつ抜かしているんだか…。
チョコ云々で…。
ガキか。
あぁ、ガキだな…。
オレはそれを全く聞き耳持たずに平然と教室の扉を出た。明日になったら、また生徒たちに陰口言われているだろうが…
あの坂巻が『バレンタイン禁止とか言うんだけどー』とかその手の類い。
生徒たちは本当、噂とか早いからな。特に女子は。
下らん噂話をピーチクパーチク。
まぁ、でも言われても仕方がない。
なんせ、オレは『氷の風紀の坂巻』なのだから。
廊下に出て、冷たい風に当たりながら眼鏡を外す。
ふぅ…、と知らず知らずのうちに溜息も出てきてしまう。
激しい、自己嫌悪。
この時期になると、いつもそうなんだ。オレは…。
オレは自分にヒッソリと嫌悪しつつ、また眼鏡をかける。
ちらりと横目を走らせれば、窓には生真面目そうな、何の面白みもなさそうなオレの顔がそこに映っていた。
タラリ、と前髪を垂らした…少し浮かない地味な顔だ。
「バレンタインなんて、なけりゃいい…」
小さく、呟く。
幸い、周りには誰も人がいなくてオレの呟きは、独り言のように空気にとけた。
教師というのも楽じゃない。
オレは、数学教師の他に生徒に嫌われるベスト3に入る『生活指導』を担当している。
オレの、生徒にたいして容赦ない口調だとか、無表情で潔癖症な顔だとかをもじり、生徒からは『氷の風紀』と呼ばれているらしい。
ま、別に何と呼ばれようが興味ないけど。
ただ一つ噂を訂正するなら…、オレは全く潔癖症なんかじゃない。
むしろ、年がら年中年甲斐もなく汚い欲望を持っているただの、人間だ。
しかも、抱かれたいとか思っている種類の…。
ーオレはゲイだった。
バレンタインが嫌い云々も、そこら辺から来ている。
オレも、三年前くらいのここに勤めたばかりの頃は今よりも、もっと温厚な性格をしていた。
変わったのは、アイツに恋したからだ。
アイツ…冴草猛。
この学校一のモテ男で…この学校の生徒。
もちろん、男である。
アイツはとにかくモテる人間で、日に何度も女から告白を受けていた。
特に、バレンタインやクリスマス、卒業式のイベントなんかでは凄い告白の応酬にあっているようで、その噂を聞く度にオレはモヤモヤしたものを溢れさせていた。
幸い、冴草は女に興味ないのか、全て断っていたけど。
でも女だからって、冴草に告白出来るのは狡い。
これは完全な個人的八つ当たりだ。
オレが、冴草に告白出来ないからって、告白出来る女子に対しての…
完全な妬みである。
オレがいくら思っても、冴草には、オレの思いが届く訳ないのに。
「…バレンタインなんて、こなきゃいい…」
ゲイなオレには、無縁な世界なのだから…。
でも…。
「冴草…、チョコ…くらいなら…オレだってあげたっていいだろう…」
明日…下駄箱にでもこっそり入れてしまおうか。
生徒にああは言ったが、オレも明日はチョコを持ってくるつもりだ。
どうせ、渡せはしないだろうけど。