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うつし世は夢、夜の夢こそ誠。

風くん
「今日は、とっても大事な話があります」



朝の仕込み中

深刻な面持ちで
私の方へ、彼はペタペタと
靴の音を鳴らして
近づいてくるのであった




「え?なに(笑)」

風くん
「僕、お店辞めます」


「えー、やだな
そんなん寂しいやんかー」

この時はまだ、朝のショートコント
またやらされるんだろーなって
ヘラヘラ笑っていた





風くん
「猫柳さん、ほんとなんですよ」


「まじで、言ってんのか」



急すぎるから
言ってることが頭に入ってこなくて

目の前にいる風くんを
ただ ただ 見つめた




風くん
「はい、だから 猫柳さんとは
朝の時間 よく一緒に入ること多かったので
お礼ってか、お世話になったっていうか…
この約1年間くらい一緒に働けて
最高でクレイジーな仲間でした!」



早口で言い切ると、彼は下を向いた




「風くんの言ってることの内容がさ
よく分からなくて
なんだか とっても寂しいんだけど
私、もう 風くんと一緒に
働けないってこと?
風くん、お店辞めちゃうの?
なんでなん」

風くん
「俳優は、経験値つまなきゃならないんで
いろいろな職業と人との出会いを
求めに行ってきます」


「そっかあ…立派な俳優になれよ!」

風くん
「ありがとうございます」


「とりあえず、顔上げろって(笑)」

風くん
「いやです」


「ずっと、下向いたまま喋るとか 変やからさ」



彼は、パッと顔を上げた



風くん
「っててえええええー?!!!
猫柳さん、なに泣いてんすかああぁあ!」



私に 両手をブンブン振りかざして
慌てふためく風くん




「毎日 働いてさ、面白かったし楽しかったし
そんな奴が辞めるとか…
今夜は、枕を濡らして寝ます」

風くん
「いや、もう既に 制服 濡れてますから!
今夜とかじゃなくて、なうです、なう!」



ティッシュという
柔らかいものは 此処にはない

トイレで手を拭くタウパーを
くっしゃくしゃにして広げ
私に、手渡してきた



風くん
「ほんとのところは、ですね
なんだか 最近 店長と
うまくいかないんですよ
…うまくいかなくなってきたのかな」


「知ってるよ
あの怒らない店長が
最近 当たりキツイもんね
特に風くんは 自己中だの
なんだの言われてるの知ってたよ
店長、前はさ 悪口…じゃないけどさ
そんなこと言う人ではなかったのに
人事異動くらいから
社員抜けたのもあって、お休み減って
イライラしてんやと思う」

風くん
「そうなんですよね
僕はもう、お役目御免です
どうしても、あの人の言ってることに
賛成できなくて
感情を逆撫ですることしか出来ないから」



彼は、切なく笑って 吐き捨てた

その横顔は
レオナルド・ダ・ヴィンチの作品のように
美しかった

外へ目をやると、生憎の雨




「きっと、晴れていれば
もっと、美しいはず」

風くん
「ええ、そうですね」



私の 訳の分からない独り言に
いつもと変わらず
適当な 相槌を打ってくれる


そうだったから
私も、また 君のことを
無視できなかったんだ


そんなことも
もう、なくなってしまうんだね。
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