この間、母の遺品からハンカチをもらおうと思って、お仏壇の母の了解を得たので、両親の部屋のクローゼットを物色してたら、バッグに可愛らしいのを見つけて出してみたら、飴玉がベタベタした状態でハンカチにくっついていた。多分、他のバッグも同様なはず。
母は出かけるとき、バッグには飴玉を必ず忍ばせていた。飴玉がきれると「玉っこねぐねっちゃった(飴玉無くなっちゃった)!コンビニへせぇでけ(連れて行って)!」と落ち着かなくなるので、飴買いに行く?と私から誘うのである。
なぜ母はいつも飴玉を持ち歩いてるのか尋ねたら「もし誰かにさらわれちゃったら、お腹がすくべ。助けられるまで玉っこ舐めてるんだ」と言うのである(笑)。
お母さんはばっぱだからさらわれないよ、何かあったらお父さんが守ってくれるよ、と私が言うと「いや、わかんねえ。世の中何があるかわからねえもの」と心配そうな顔になった。
私が仮設住宅に取材に行くと、ばっばたちはエプロンのポケットから飴を出して「先生、食うかい?」といつも差し出してくる。このばっばたちもさらわれた時のことを心配していた(笑)。
昭和六年生まれの母ぐらいなお年寄りは、少女時代を戦争で台無しにされて青春を謳歌できずにいた。米兵が来たら薙刀でやっつける訓練をしてたくらいだから、それが大人になっても抜け出せないようだ。「鬼畜米兵に犯される!」という恐怖は相当なものだったらしい。
黒柳徹子さんは玉ねぎ頭から飴を出して人にあげるのが好きなんだそうだ。あのシーンを観るたび、母の「さらわれっちま!」の表情が目に浮かんで笑ってしまう。
財津和夫さん率いるチューリップの『夏色のおもいで』の歌詞を母はどう感じただろう。
「
君をさらってゆく風になりたいな 君をさらってゆく風になりたいよ」
薬の副作用の吐き気がしなくなったので、恋人のイーサンと
というか、まだまだ元気が出ないので食事してきた。良くなるまで執筆の仕事は休みなさいと説得された(笑)。とりあえず私は六月まで頑張りたいことを告げると、「先生は言い出したら誰にも止められませんからね〜
」とマネージャー風に言った(笑)。文芸誌と新聞のコラムはどうしても書きたい。書くことのために私は生まれてきたと思っているくらいだ。ジャーマネよ、わかって頂戴
たくさんの拍手ありがとうございました!
昨日のメアリパワーは昨日クリックしてくれた人以外届きません!!(笑)
お名前もメッセージに添えて下さいまし。
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