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明と出会ってから一年。ネックレスを受け取り、気持ちをぶつけてから半年。

空は冬の白っぽいものから、強烈すぎる原色の青に変わった。

空なんて気にしたことがなかった。雨や雪が降れば煩わしいと感じるくらいで、こんなにしみじみと時間の流れを感じる程眺めたのは、本当に幼いころ以来かもしれない。

私は変わったのだろうか。変わってしまったのだろうか。この一年ぽっちの時間で、十七年間を覆してしまったのだろうか。

「……めんどうくさ」

そう言って私は顔を空へ向けたまま瞼を閉じた。強すぎる日差しに溶かされそうな錯覚を覚えながら。 

日差しは、瞼を閉じても血の色の赤を瞳に映した。

拒んでも拒んでも駆け寄ってきて、膝を折り手を差し伸ばしてくる明の赤だと、私はそう感じた。




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キスより甘く、赤よりビタ−
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カラン。グラスの中で氷のタワーが崩れるのを、私は何となしに眺めていた。

通りから一本路地に入った場所の癖に、妙に洒落た外装と内装のカフェレストラン、Magnolia。

空調が効いていて、それでも女性の肌を冷やさない様な室温。真夏の昼間では、男性にとって快適とは言えない温度かもしれないが、この店のモットーは『女性に優しく』だと黄色い目をした女装店長はどこか自慢げに告げてきたのは、来店二回目の事だった。その店長は、先ほど総務の優男に怒られながら裏方へ引きずられて行き、繁忙の合間であるこの時間は客も店員も少ない。

開店したばかりの時間より、閉店間際の時間より、この時間帯が一番この店が静かだと私は思う。

朝は出勤前の社会人が店に寄って仕事前の一服。夜は閉店ギリギリまで酔っ払い達が騒いでいて。

私がそれを知ったのは、そう、しつこ過ぎる変な方向に根性のあるストーカーに付き纏われていた時だった。

誘われて、一度だけその男とデートした事があるのだが、期待の籠り過ぎた粘着質な目が気持ち悪くて、デートの最後にキスをせがまれて断った。そうしたら、何がどうなったのか、そいつが言うには

『僕との真実の愛に目覚めて意識して照れちゃったんだね!大丈夫、僕は待つから!君が照れ隠ししなくて良くなるまて、ねっ☆』

忘れられないほど気味が悪く、吐き気を催す発言だった。

それからそいつは私の行く場所行く場所に現れた。接触してくることはなく、一定の距離を保って、じいっと粘着質な視線を送り続ける日々が続くこと一か月。実質的な被害はなく、ただつけまわして視線を送って来るだけなので警察に行っても取り合ってくれないだろうと思い、いつも通りの生活を送りつつ、諦めてくれないかな〜、なんて軽く思っていたのだが、時間を置くごとに奴の視線はヘドロのようなものに変わり、嫌悪感が頂点に達したときにこの店にやってきたのだった。

「いらっしゃいませ」

そう淡々と迎え入れたのは、暮麻だった。同じ学校の先輩で、変人として有名だったので顔だけは知っていた。優秀で頑固で、その癖頭の中はお花畑で、奇行に走って職員室に呼び出されることが多々あったのだがその度に『自分の信念を曲げるつもりはない』と言い切り、今では何かあったら暮麻のせいか、と相手にされないことがあるほどだ、と噂されていた。

「最悪……」

そんな変人がバイトしている事は知っていたのだが、この店だとは知らなかった。

関わりたくない、と踵を返そうとして、ーー目が合った。

木製の扉の上部にはガラスののぞき窓があるのだが、そのガラス越しに奴がべったりと張り付いて目を見開いていた。

「っ……!?」

陸揚げされて三日経った魚のような目に、半身をひねった体勢のまま一歩後退る。その時になってやっと気が付いた。奴の距離が少しずつ近くなっていって、最初は車道越し程度だったのに今になっては背後に忍び寄るほどになっていたことに。

興味がなかったのは本当だが、危機感がなさすぎたことに今更後悔した。こうなってしまったら実害が出るまで時間はないだろう。

ギっと目に力を入れ、反骨精神を原動力に叩き潰そうとすると、ぽん、っと肩をたたかれた。

「その制服、同じ学校の一年生か?」

そう告げてきたのは他ならぬ暮麻だった。目線を辿ると、暮麻が注目しているのは学年指定のリボンで、そのせいで学年がバレたのだろう、と理解した。

「……何〜?私、ちょ〜っと今から用事あるから、邪魔しないで〜?」

そう言って私は暮麻の腕を払い除けた。暮麻はピクリと眉を寄せ、私と奴に目配せしてから腑に落ちたと言わんばかりの表情を見せた。

「なるほど、凡そだが理解した」

呆気カランとした言い草に、毒気を抜かれたと言うかなんと言うか。いや、馬鹿らしくて力が抜けてしまったと言うべきかもしれない。

「あれは俗に言うストーカーと言うやつか?それなら迷惑だな」

淡々と、朗読する様な言葉は何故か耳に心地よく、私は苛立った。何故変人の言葉が心地よいのか、と。

暮麻はなるほど、なるほど、と言いながらドアへと向かい、こちらが口を開く前にどういう思考回路をしているのか、奴を迎え入れやがった。

「いらっしゃれませ。お話があるのなら、どうぞ奥へ」

「はぁ!?ちょ、あんた何をやって……!」

「ん?お前を見ている限り、この男を撃退させようとしていたのだろう?ならば店の前で修羅場をされるより、店の中で修羅場をされる方が風評被害が少ない」

「はぁ!?」

意味がわからない。全く意味が分からない。面倒事だと理解しているなら、何故追い出すなり他所でやれと言うなりをしないのか。

怒りで暮麻に掴みかかろうとすれば逆に羽交い締めされて店の奥……丁度厨房の前に引きずられて行ってしまった。変人は力もおかしいようだ。まともな抵抗も出来ずもがいていると、気付けば厨房に一番近いテーブル席に座らせられていた。

はぁ、と怒りと困惑を込めた息を吐き、そっちがその気でいるなら大暴れをしてやろう。どれだけ損害が出ようとも、引き入れたのはこの店のバイトだ。そう腹を括って椅子にふんぞり返ると、暮麻は奴も引きずって来て、私の対面に座らせた。
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