2013-7-20 21:53
「嫌だ!やめてくれ!頼むから!!!!」
「大丈夫だ、殺しはしない。殺しは、な……」
「な、なんだ、そうなのか……?」
「月丸さん、姉御が言いたいのは、殺しはしないけど他の何かはするかもよ、ってことだと思うんだけど」
「な、なんだと!?」
「助けようか?借りは身体で返して貰うけど」
「ひいっ!?」
「おや、それは興味深い。私も身体で返して頂けるなら尽力致しますが?」
「わ〜、男色家だったの〜?綺麗な顔してるのに〜」
「ふふ、だからこそ需要があるのですよ」
なんだろう、この状況は。簡潔に言うと、月丸が蓑虫みたいに縄でぐるぐる巻きにされていて、お姉さんが刀を構えていて、その周りをみんなが囲んで言いたいことを言っている……のだと思う。
どこから突っ込めばいいのだろう。そんなことを思いながら、私は右手を顔の高さまで上げて、多分もう私が入ってきていることに気付いている面々に尋ねた。
「みんな、何してるの?」
月丸以外のみんなは、おはよう、と一言告げた上で、状況を語り出した。
「月丸さんが面会謝絶、絶対安静のしのぶさんの部屋に入ろうとしたので。それまでは窘めていたのですが……」と宿木さん。
「その日は強硬突破しようとしたから、俺が月丸さんを縛った。宿木さんの命令でな」と明さん
「でも、動けなくするために縛ったから、かなり無様な結び方になったんだって」と、口を合わせて双子。
「私は反対したんだけどね〜。縛り方にもいろいろあるし。でも、縄抜けされても面倒だったしね〜」と、目を半眼にして梟さん。
「で、解くに解けなくなったこの縄を、私が斬ろうとしているわけだ。剣術だけは、ここにいる誰よりも自信がある」と、なぜか悪鬼羅刹のような目で月丸を睨むお姉さん。
「ま、そう言うことで、今から姉御が斬るから一緒に見ていようなー」
「……よく分からないけど大筋は分かった……かも」
そう呟くと、私は迎えに来た明さんに手を引かれるまま、なぜか上座に座らせられた。不信感を僅かに含めた目で明さんを見ると、明さんは「しのぶちゃんにかかっているから」と小さく耳打ちをした。
「え……?」
意味が分からない。……いや、これは考えろということか。
不幸中の幸いか、状況は緊迫したまま動かない。斬ろうとするお姉さんを、月丸が威圧だけで制しているのだ。
つまり、月丸はお姉さんに害を与えられると思っているのだろう。害の正体は部屋に入った時に答えは出ている。つまり、私のしないといけないことは一つだった。少しだけ佇まいを直してから、私は声をかける。
「お姉さん。お姉さんは、この中で一番剣術にひいでているんだよね」
その声に応えるように、お姉さんは一度刀を納めて此方を向いた。
「ああ、剣術だけが私の取り得だからな」
「じゃあ、凄いことも出来る?この中の誰にも出来ない、凄いこと」
この問いは、駆け引きであり博打だ。お姉さんが出来ないことをふっかけているなら、そもそも成立さえしない。だけど、加減ができるからこそこんなことをしているのだ。出来ないのなら、他の方法……例えば小刀や苦無で少しずつ切ってしまえばいい。それをしないということは、成功率は確かにあって、明さんが「私にかかっている」と言うなら、私がどうにかすればいいのだ。
そんな心中を知ってか知らずか、お姉さんはこう尋ねてきた。
「具体的にはどんなことが出来ると思っている」
「うーん、っと。例えばね、月丸に傷一つつけることなく、縄だけ切る、とか?」
「大道芸みたいだな」
そう言いながらお姉さんは刀身を抜き放った。
「出来る、よね?お願い、お姉さん」
「ふん」
すらりとした刀身は、ギラリと輝きを反射していて、一心に反射するためにあるようで。だけどそれは傷つけるための物だ。人を、殺めるための物だ。
曇りひとつないその輝きを目にしながら、私はひたとお姉さんを見つめ続けた。
それだけでいい。お姉さんは優しい人だ。それでいて聡い。傷つけてしまう意味も知っている。だから私は見つめ続けた。
お姉さんは突き下ろすように構える。月丸は、僅かに身じろきをしたので声をかける。目線はお姉さんに向けたまま。
「月丸」
「な、なんだ」
「信じて。お姉さんを。お姉さんを信じている私を。きっと……ううん、絶対上手くいく。動かないで」
「言うなぁ。そんな風に信じられると……」
ザンッ
「応えるしかないではないか」
お姉さんはスイと刀を収めた。ハラリと縄は解けるように落ちて行った。月丸は信じられないとでも言いたいような顔でいるが、私はお姉さんに笑って見せた。
「やっぱりお姉さんはお姉さんだね。ありがとう、大好き!」
「ああ、私もしのぶは大好きだよ」
「しのぶちゃん、俺もー!」
そう言いながら明さんが抱き着いてきた。が、途中でお姉さんの回し蹴りによって床に沈んだ。
「犬畜生が!しのぶに触れるな!」
「酷い!犬って何!?」
「確かに明は犬みたいだよね〜」
「わんこ?」
「あ、わんこいいね。その呼び方の方が可愛い」
「にじり寄るな馬鹿者!」
「月丸大丈夫ー?」
「俺生きている……なんでか分らないが生きている……」
「分からない……。分からないというのが分からない……月丸さんはどこまで鈍感なんだ……」
「悩むだけ無駄だよこじろー」
皆が好き勝手始めたところにパンパン、と手を叩く音が部屋に響いた。お姉さんと明さんは瞬時に身を固め、何故か正座をした。
「さて皆さん。そろそろ出立したいのですが、準備はいかがですか?」
「ま、まだです」
「では……急ぎなさい?」
そう言った宿木さんの顔は、笑顔なのに凄味が合って……うん。怖かった。
その言葉で皆が各自の部屋に戻りせっせと荷造りを始めたのは、ただただ恐怖に駆られてのことだった。
出立までそう時間がかからなかったのは言うまでもないことなのかもしれない。