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「おかしいのう」
「え?何が?」
ツルリと丸い頭が、差し込む光に輝くのを面白いと思いながら、しのぶは師匠に聞き返した。
「おかしいのう、おかしいのう。真座の阿呆がやってこないのう」
「しんざ?誰のこと?」
「ほれ、昨日の女装趣味の阿呆じゃ」
「ああ、あの若作りのおっさん?」
「そうじゃ」
むさしが無垢な表情でそう言い、師匠も同意した。しかし、しのぶの混乱は増すばかりだった。
「え?え?むさしは知っているの?」
「え、しのぶちゃんも知ってるでしょ?」
「えええええええええ?」
本格的に頭を抱えだした。
女装と聞いて思い当たる人はいる。しかし、『おっさん』という部分がしのぶの中で当てはまらない。
それを見かねたかのように、こじろーがボソリと囁くように言った。
「団子屋の店主」
「……おにいさんのこと?」
「ぶふぅwwwwあの阿呆がお兄さん?wwwwwwwわろすわろすwwwwwwwww」
「師匠笑い過ぎだよ!」
「――まあ、見えないよな」
「あの見た目で三十五とか……」
「三十五?誰が?」
「しのぶちゃんの言う『おにいさん』だよ」
「え……?」
それは、まるで神様が取り謀ったかのようなタイミングだった。
「だ、だっておにいさん……」
――ガラッ
「月丸より若く見えるよ!?十歳くらい月丸の方が若いのに!」
ガシャンッ!
何かが割れるような音がした。師匠は爆笑していて、むさしは笑いをこらえるかのように震えていて、こじろーはそっと目線をそらした。
何事かと、半分だけ理解したまま、しのぶは振り返った。
すると、顔面蒼白になった月丸が、力なくお盆の端を握っていて、お盆の上に載っていたであろう茶器は、畳の上で無残な姿に成り果てていた。
「――今、何と?」
幽鬼のような声だった。地の底から絞り出されたような声が、妙におどろおどろしく響く。
「月丸……?」
「何と、言った……?」
「えっと……」
言ってもいいのか、しのぶは量りかねていた。
素直に言ってしまったら、月丸の中で何かが壊れそうだと感じていた。と言うか、もう既に壊れかけている。
「な、なんでもない、よ……?」
顔に笑みを貼り付けたつもりだったが、やはり上手くいかなくて、頬が痙攣しているのを感じた。
「そう、だよな。ああ、俺の聞き間違いだよな、うん、そうだ、そうに決まっている」
月丸が小刻みに震えている。
不出来なからくり人形を見ているようで怖かったので、そっと目をそらした。
怖い。壊れっぷりが怖い。すっごい怖い。
そのままなあなあで済ませようとしたのだが、そうは問屋がおろさなかった。
「月丸やい」
「な、何でしょうか師匠」
「あいつのう、三十五と名乗っているが……それでもサバを読んでいるのじゃぞ?」
「…………………え?」
「実際はもっとおっさんじゃ」
「う、」
「つ、月丸……?」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
――月丸が壊れた。そう確信したしのぶは、そっと目を閉じた。ちょっぴり大人になった気分だった。嫌だったけど。
耳を塞いで、喉から声にならない声を発している月丸は、こじろーがどこかに引きずっていった。声が小さくなっていくのを感じながら、しのぶは師匠に顔を向けた。
「おにいさんがサバ読んでいるってのは本当なの?」
「嘘じゃ。騙されよってwww月丸はまだまだじゃのうwwwwwぶふぉおwwwwwwww」
「師匠笑い過ぎだよー」
「すまんのうwwww――まあしかし、真座が何もしてこないのはおかしいのう」
「どういうこと?」
「こんなに可愛いしのぶを見れば、こっちにつくと思ったのにのう。残念じゃのう」
「えっと……どういうこと?」
「いずれ分かるじゃろ。しのぶは賢いからのう」
「……?」
そう言って外をのほほんと師匠は眺めた。
その表情はどこか寂しげで、師匠がこんな表情をするのは初めてじゃないかって思った。
空に、雲がかかる。
「明日は雨が降りそうじゃのう……」
真座「第一回、チキチキ月しので女子会してみた!かーいし!!!」
「店主」
ふぅ、と煙管の煙を座敷牢の中に吹き込む。
テンテケテンと、三味線の音が響く中、宴会は進んでいった。
誕生日 | 9月14日 |