2014-1-7 03:27
目立ってる。私達ものすっごく目立ってる。
それは決して民衆が英雄に向ける華々しく恭しいものではなく、ただ単に悪目立ちをしているのが現状だ。
原色で彩られた派手派手しい着物。それは故意に崩されていて、肩が見えていたり、着合わせが腰の辺りだったりして、とんだ歌舞伎者だった。肌にはこってりと白粉が塗られ、唇だけではなく目尻にまでも朱に縁取られ、上半身裸な明さんの背中には、顔料で竜までが描かれていた。
いったいどういう状況なのだろうか。
そう問いかけを含めて宿木さんを見ると、ほんにゃりと笑顔を返された。
どうやら異論は認められないようだ。
なのでそっと隣にいる月丸に目線をやる。
群青を基礎として、赤や黄色の紋様で描かれた着物。不服と顔に書かれてはいるものの、見方を変えると冷徹で傲慢そうな、女子としては少し強気に思える表情。目尻にほんの少し落とされた朱には、微かに色気さえ漂う。
あ、どうしよう、月丸格好いかも……。
ぽーっと顔を赤くさせながら月丸を見ていると、視線に気付いたのか、月丸は「どうした」と表情はそのままだが、優しさを感じる声色で問いかけられて、私は、私は……。
「もうだめぇ……」
とのぼせた。
「しのぶ!?」
よろよろと月丸に歩み寄る私を月丸が抱き留める。
しかしそれは逆効果だった。何せ顔が近い。それだけで全てを察してほしい。
「ひゃぅ……っ!」
「おい、体が熱いぞ。熱でもあるのか?」
そう言いながら月丸は私の前髪を払い、おでこをくっつけてきた。
「熱い……」
お願いです至近距離で囁かないでください頼みますからあなた今いつもの三割り増しで格好いいんですから本当に後生ですから。
「はぅぅう……」
くてりと月丸の腕の中で力が抜けた。
それをどう受け取ったのか、月丸は厳しい声で宿木さんに向かって叫んだ。
「宿木!しのぶが病にかかったようだ!」
「そうですね、不治の病ですね」
「そんな……!しのぶ、しっかりしろ!」
「しんけんなこえさんわりまし……」
「駄目だ、宿木!助かる見込みはないのか!?」
「ですから不治の病ですってば」
「恋っていうな」
「……ねえ〜、この茶番終わらせてもいい〜?今、この手で〜」
「おやおや、いったい何をする気ですか梟さん。……まあ、この位でいいでしょう。いい加減戻ってきなさいしのぶさん」
ぺちり、と宿木さんが私の頬を軽く叩く。すると体から熱が抜け出て、はっと正気に戻った。
突然の事に辺りを意味なく見渡すと……黒山の人集りが出来ていました。
「なんだこいつらぁ」
「大道芸人みたいな格好しているねぇ」
「何か芸でも始まるのかのぅ」
「刀持ってるぞ刀ぁ!あれで綺麗にすぱぁっと物を斬るんだぁ」
「いやいやぁ、それより剣舞の方があたいはいいねぇ」
以下略。
昨日は興廃しているとしか思えなかった町中なのに、今はこの有り様だ。て言うか皆さんどこから来たんですか。
「ふむ、これは一つ芸でも見せないとこの人混みは抜けられそうもないですねぇ」
「宿木さんは、な」
「……明?」
「ゴメンナサイユルシテクダサイヤドリギサマ」
「不問としましょうか。……じゃあ明、台になりなさい」
「あれやるの?」
「はい」
「あれって……?」
通じ合っている二人には悪いが、此方には意味の分からない会話だった。明さんは「まあ見てなって」と、首や肩を回しながら、人集りの輪の一番端に移動し、両指を組んだ。
「ほい、いつでもどうぞ、姉御」
「応。……行くぞ」
逆側の端にいつの間にか移動していたお姉さんは、コクリと頷く。
いつもとは違い、華やかで明るい色を纏ったお姉さんは、正直綺麗で羨ましいくらいで。お姉さんは此方に向かってふ、と笑い……明さんに向かって走っていった。
減速は一切無く、加速して加速して。明さんにぶつかる、と思ったその時、お姉さんは明さんの組まれた腕に足をかけ、そのままブンと放り投げられる。
お姉さんは空中に浮いたまま、横に三回転、縦に一回転し、スタンと人集りの向こう側に綺麗に着地した。
一瞬の静寂。しかしそれは歓声によってかき消された。
ワア……!と群集から声があがる。お姉さんはそれに対し、綺麗な所作でお辞儀をすると、いつのまにか人集りから抜け出した宿木さんの所へ駆け寄った。
「凄い……」
「て言うかあいつ一人だけずるい〜。衆目を利用するなんて〜」
「宿木さんのこと?梟さんも気付かなかったの?」
「……人混みが動いたのは感じた〜」
それはつまり、梟さんもお姉さんの跳躍に見とれていたのだろうか。
そう思うと、自然と笑みが浮かんだ。
「……何〜」
「ううん、なんでもないよ、梟さん」
「ふ〜ん?……じゃあ私はこの流れを利用させて貰おうかな〜」
そう言って梟さんはお姉さんと同じく端に寄った。
「え、梟さんも飛ぶの?」
「暮麻とはちょ〜っと違うけどね〜」
そう言って梟さんは助走をつけると、明さんの腕ではなく……なんと顔面を踏み台にして群集から飛び出した。
お姉さんのように回転は入れていないものの、それは人々の度肝を抜き、違った意味でざわめきが起こる。
こ、この流れって……。
その予感は的中し、群集からこんな声があがる。
「次はどんなことをするんだろうなぁ」
「楽しみだなぁ」
「なぁなぁ、賭けないか?どんな飛び方をするのかをよぉ!」
「お、いいねぇ!」
良くないです。全然良くない。
普通にあの距離を飛ぶのは難しいのに。高く長く飛ばないと、人集りの誰かに落ちそうで怖いんですが。
そんな私の心中を知ってか知らずか、明さんは笑顔でおいでおいでしている。顔面蹴られても明さんは動じていなかった。逆に怖い。
でも、人集りはなぜか逃がさないとでも言うようにみっちりとしていて、宿木さんみたいにすり抜けられそうにもない。これはもう……
「やるしかない、よね……」
ぐっと拳を握り、端へ歩く。それに合わせて明さんも重心を低くする。
息を吸って、吐いて、整えて。
助走をつけようと走り出したその時。
「ええい、何の騒ぎだ!」
と、黒紋付きの役人らしきおじさんが人集りを散らした。
「へぁ?」
突然の登場に、私はこけそうになったが、なんとかこらえた。
群衆は不平不服を口にしながらも、路地の奥へと散り散りに消えていった。
最後に残った役人は、背の丈は月丸より少し低いくらい。しかしそれよりも高く見えるくらいの気概が伺え、体は細く、しかし動きは機敏だった。
その黒い目が此方へ向くと、役人は慌てたような顔で此方へ走り寄ってきた。
「雪継様……!?何故このような格好を!」
その言葉に呼ばれたように、何処からか宿木さんが現れ……と言うか今までどこにいたの。と、まあ、役人に声をかけた。
「雪継様を知っている……と言うことは、それなりの地位のお方ですね。いや、だった、と言う方が正しいでしょうか?」
「……貴様何者だ」
ギリリと音がしそうな程役人は宿木さんを睨む。
しかし宿木さんはそれに動じず、いつものヘニャリとした笑顔で応じた。
「聞いていませんか?常の国から来た……忍びです。あ、因みにその子はただのそっくりさんですよ」
「……木蓮と……町に潜むものか。耳にしたことはある」
「あ、じゃあ話は早いですね。案内して下さい、現藩主様の所へ」
「……何故、と問うのは愚問か」
「ですねぇ」
「いいだろう。そこの子供は雪継様と称しておくがいい。その方が通しやすい」
「ええ、そのつもりです」
ああ、それで納得がいった。派手派手しい着物なのに、私だけ紅をさされなかったねはそのためか。
宿木さんはヘニャリヘニャリと笑うと、役人さえを連れて、私達を城の中へと導いた。