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空木が咲く前に 四十八

「梟さん!梟さん梟さん梟さん!絶対に隙を見つけて会いに行くから!寂しくても俺泣かないから浮気しないでね!?」

「あ〜、はいはい〜。いいから支度しなよ〜。てかうざい〜」

「そう言ってやるなよ。梟も、顔がにやけているぞ?」

「はぁ〜!?にやけてなんかないし〜!」

「にやけてたよ。梟さん可愛いね!」

「しのぶちゃんまで〜……。私が可愛いとかないよ〜」

「梟さんは世界一可愛いよ。愛してる」

「ちょ、顔寄せてこないでよ〜!うっとい!さっさと行くよ男女〜!」

「待ってくれ梟。まだ宿木殿の整理が完璧ではないのだ!本の角をそろえるのでもう暫く……」

「神経質にもほどがあるよ暮麻さん!」

「神経質って言うか潔癖症〜?」

「ああ、姉御は小さな傷でも軟膏を塗る人種だからな。姉御のあの少ない荷物の中には、大抵収まりきれないほどの七つ道具が……」

「……今なら見れちゃったりする?」

「溢れかえる覚悟があるならどうぞ」

「明さんって怖い物多い人だよね。好奇心は猫をも殺す?」

「そ、そんなことない、よ?」

「顔青くなってるんだけど〜?……私の荷物は覗いた形跡ないのに……」

「「梟さんが嫉妬している……!」」

「声揃えないでくれる〜!?」

「ははは、真に愛らしいではないか」

「真剣な目で本の角合せながら茶化すとか意味分かんない〜!」

「でもいいなー、梟さんすっごく愛されている感じ」

「しのぶちゃんなら俺も愛してあげ……っうお!?なんで?梟さんなんで!?なんで俺に攻撃してくるの!?」

「当たり前だよ明さん……女心分かっていないよね」

「玉潰したら気持ちが多少なりとも近づくだろうか……」

「姉御が言ったら洒落にならないんだけど!止めて梟さん流石に刀は駄目死ぬ死ぬ死ぬ!」

――と、ハチャメチャに和気あいあいとしていると、ガラリと障子が開かれて宿木さんがすっごい笑顔で「ごーぉ」と告げた。

何が「ごーぉ」なのか分からなかったが、それを聞いた暮麻さんと明さんの行動は早かった。暮麻さんはびしっと一気に本の角をそろえ、宿木さんの隣をすり抜けるように部屋から走り出て、明さんは有無を言わさず梟さんの刀を取り上げて鞘に納め、乱れていた服を直した。勿論梟さんのを。

「よーん」

宿木さんのその言葉で、私もやっと理解が追い付いた。これは最終勧告までの秒読みなのだ。あえてゆっくりと数えているのはせめてもの情けなのだろう。私も荷物の中から装備一式を取りだし、体のあらゆるところに挟んだり仕込んだりを始めた。

「さーん」

籠の中から壺を取りだし、財布にお金を移す。それを懐に仕舞い、部屋の隅にある鏡台の前で手早く髪をとかす。その間に明さんは自分の服を正し、鉢巻を装着してから髷を作りに行く。梟さんは既にあらかた準備を済ませていたのだろう。明さんに向けていた刀を確認するとわれ関せずといった風に、くぁ、と欠伸をした。

「にーい」

湯呑みに残っていたお茶を一気に飲み干す。ぬるくなったお茶は渋みが増している気がして好きではないが、そんな事を気にしている場合でもなかった。ついでに皆が使っていた茶器をお盆の上に一纏めにする。

「いーち」

どどどど、と音が聞こえて来たと思った時には、もう暮麻さんは部屋にたどり着いていて、竹筒の水筒を全員分用意していて、それを皆に放り投げる。私はちょっとだけ掴むのに苦心したが、全員が水筒を荷物に収めた。

「ぜーろ。……はい、皆さん準備は出来ましたか?」

ほんわりと笑った宿木さんは、気疲れしている私たちを見て、何故か満足そうだった。そっと宿木さんの分の荷物を捧げる暮麻さんから鷹揚に受け取り、薬箱の上に乗せた。

「中良きことは素晴らしいですが、お茶目が過ぎると私は怒っちゃいますよ?五つ数える迄に終わることなのに、皆さん戯れてしまって全く進んでいないなんて。私はちょっぴり疎外感感じちゃいますよ」

「ご、ごめんなさい……」

「分かればよろしい」

にこにこと笑った宿木さんに頭を撫でられる。明らかに子ども扱いされているのは分かるが、宿木さんの手の暖かさが心地よくて、その手に甘えてしまう。

「……おい、準備終わったならさっさと行動するぞ」

壁にもたれかかっていた月丸が腹立たしげに頭を掻きながら言う。それに対して、私はなんだか胸の中に靄がかかるようだった。月丸は言葉が多いわけではないが、先ほどの会話には全く入ってこなかったし、一人で黙々と作業をして、関わらないというより関わりたくないとでも言うようだった。

なんだか、居心地が悪い。

「そうですね。では皆さん、散開」

そう宿木さんが告げると、皆それぞれ組に分かれて隣にいないと聞こえない声で会話を始めた。聞かれて困ることを言っているのだろうか。いや、仕事として切り替えているのだ。

「んじゃあ、俺は五六四さんとこに合流してくるよ。梟さん。絶対に会いに行くから。絶対」

そう言いながら明さんは梟さんの両手を掴み。祈るようにその手を額の前に持ってきてギュッと力を込めると、恭しく梟さんの指先に口付けを落とした。

「ひゃぁ……」

当人でもないのに、顔が真っ赤になる。いや、当人ではないからだろう。されるより見ている方が恥ずかしくなる。それを平然とやっている明さんも、平然と受け止めている梟さんも凄い。

「流石だ……」

真っ赤になったまま呆けたように呟くと、チラリと月丸を横目で見た。ああいうのいいな、と思うが、月丸はきっとやってくれないだろう。と言うか、切れ長の目が更に鋭くなっていて怖い。

「さ、行くぞ梟。用意しなければならない物もあるからな」

「えー!ちょっと待ってよ姉御!もう暫く別れの挨拶をさせて!」

「いいじゃん明〜。ど〜せ今日の夜も来るんでしょ〜?」

「ううん。今日は行けない。多分。だからちゅーさせて」

「気持ち悪い」

「ごめんなさい」

しょげた明さんは、そのまま武家屋敷方面に消えていった。背中は、例えようのない程寂しそうだった。

「……良かったの、梟さん」

「いいんだよ〜。だって明だよ〜?これで打ちのめされるならその程度の男だったってことだよ〜」

「そうだな、明はすぐに凹むが打たれ強いもんな」

くすくすと笑う暮麻さんに、梟さんは面白くなさそうな顔をして明さんと逆の方向へ歩を進めた。愛らしいな、と小さく呟いた暮麻さんの言葉は、きっと私だけに聞こえた物だろう。暮麻さんは、そのまま梟さんを追いかけるように消えていった。

「では行きますか」

「うん!」

「……ああ」

行く当ては宿木さんの頭の中に入っている。私は何も考えず宿木さんの斜め後ろでついて行った。

後ろで私を見つめる月丸が、とても怖い顔をしている事を知らないまま。

空木が咲く前に 四十七

「では、これからの事を話しますね」

宿木さんは、大部屋の上座でほんわりと笑って、幾つかの紙を懐から取り出した。

「……宿木。これは何だ?」

訝しげに月丸は首を傾げながら宿木さんに尋ねる。それに対して宿木は、スッと目を細めて、紙を扇のように広げて口の前にやる。

「これから皆さんには、この紙に書かれた行動をして頂きます」

「行動?」

「はい。ああ、と言っても全てではありませんが、今回のお仕事に関する物です。それぞれ、雪定様、雪綱様、雪継様に切磋琢磨して頂くための補助的な物ですね。用意した紙は四枚。そのうち三枚はそれぞれの世継ぎ方につく仕事ですが、一枚は違いますね。番外編とでも言うべきでしょうか」

淡々と告げる宿木さんに、私はそっと手を上げて尋ねた。

「えっと……それって雪継様を助けるとかそう言うことじゃない、んだよね」

「はい。藩主様は言いましたよね。誰が世継ぎになっても構わない、と。なので全員を吟味しながら手助けすればいいのでは、と私は受け取りました」

「……そっか。でも、私は雪継様の手伝いするとばかり思ってた」

それは一番最初に会って、一番苦しんでいるから手伝いたい、という庇護心から来る物だと言うのは自分でも理解していた。それに、なにより私に似ていたから。見た目とかそう言うのもあるけど、なんだか常に申し訳なさそうにしているあの姿を、自分に重ねずにいられなかった。

梟さんは、そんな私を見て、そんな事お見通しとでも言うようにニタリと笑った。

「気持ちは分からないでも……ないね。全くない。確かに見た目はまあまあだけどさー、あんな頼りないのを手伝っても、その内あっさり殺されそう〜。やるだけ無駄〜」

「それは、分からないでもないなぁ。今の雪継様は、将来性が疑問だもんな。無理やり藩主にー、はできるかもだけど」

梟さんと明さんの言葉は理にかなってる。理にかなってるけど、釈然としない物はある。

「でもでもっ、今一番力のある雪綱様はダメじゃない?藩主様は存命なのに、藩内こんなだし!」

力いっぱいにそう言うと、苦々しい顔をしつつも、月丸はこう言い放った。

「確かにボロボロだ。しかし、それだけ影響力があるとは考えられないか?結果はどうあれ、力は一番ある」

「月丸……」

責めるような感情が混ざる声に、月丸は『大人』な顔をして平然と言った。

「今の状態だけを加味しては視野が狭くなる。それだけのことだ」

「そんな……」

例えその言葉が正しく、雪綱様が藩主となっても、民が笑い合うこの国が想像出来なかった。六三四や五四六から雪継様が襲われそうになったとの報告が入っているのは知っている。首謀者が雪綱様だということも。人の命を簡単に奪おうとする人が、人の上に立ってもいい物だろうか。

少なくとも、私は嫌だ。もし為政者としてのことだとしても、それでは怯える人が何人居ることか。

「では、雪定様はどうだろうか」

淡々とした暮麻さんの言葉に耳を傾ける。

「側室の子であっても、長男であることには変わりない。それに、雪継様の言葉の端からは、慕う心が見えた」

「あっ……」

そう言われて見れば、と雪継様の言葉を思い出す。雪継様は、何度か雪定様を愛称で呼びかけてはいなかったかと。

愛称というのは、確かに親しい人にしか使わない物だ。あの優しい雪継様がしたっている雪定様なら、もしかして、と笑みを浮かべようとした時に、こほん、と宿木さんが咳をした。それに弾かれるように、皆の視線が宿木さんに集まる。

「えー、議論はいいのですが、その前に私は方針を決めていましてねぇ。一応今回の指揮は私にありますので、それに従って頂きますよ?」

あ。

と皆の声が重なる。勿論私もだ。

作戦発表する直前に議論を始められた宿木さんは、恐ろしい程の笑みを浮かべていて。私たちは、誰からと言わず宿木さんに向き直って佇まいを正した。

宿木さんの笑みは、普段は安らぐものだが今は全く性質の違う物に感じる。静謐なのだが、それも度が過ぎると恐ろしい。いつもは波打つ海が、まるで湖や池のように全く凪いでいたら言い知れぬ恐怖が襲ってくるように。

緩急だ。宿木さんは浮かべる笑みの緩急をつけることで場を支配する。それに飲まれた私たちは、くっと腿の上で拳を握りざるを得なくなってしまう。普段はそう言うことにも飄々と受け流す梟さんが正座していることが何よりの証拠だろう。

と言うか明さん。すっごく震えていませんか。音が聞こえそうな程震える明さんに、宿木さんとの絶対的な恐怖政治を感じた。

宿木さんはそんな私たちを満足げに見やり、こほんと咳払いをしてから鷹揚に告げた。

「せっかくの議論なんですがね。言ってしまうなら私はその程度の考えは自分一人の頭の中でもう結論が出ています。その上での先程の言葉なのですが……?」

「あ……」

宿木さんの言葉に私の表情が歪に固まる。

考えてみればそれは当たり前のことだろう。宿木さんは考えなしに行動するほど愚かではない。考えが足りないと思えば私たちの意見を伺う柔軟さも持っている。考えを引きずりそうになるが、今の宿木さんはやどちゃんとは違う存在と言ってもいい。今は、完全に『大人』の宿木さんなのだ。

「皆さんの表情から見て理解いただけたと受け取りますね。では明、貴方は雪継様の所で護衛している五四六さんと雪定様の所へ」

そう言いながら宿木さんは折りたたんだ書を明さんの方に差し出す。

しかし明さんは渋面を作ってそれを受け取らない。

「何で梟さんじゃなくて五四六さんなんだ?」

それは私も思った。明さんと五四六はそれほど仲がいいと言えない。決して悪くもないのだが、良くも悪くも仕事仲間と言った関係なのだ。それよりいつも一緒にいる梟さんの方がいいのではないかと単純に思う。

「五四六さんと親交を深めるため……というのは流石に冗談ですが、現状殆ど情報の出ていない雪定様に梟さんを宛がうことは難しいでしょう。戦力ではなく、単に相性として。梟さんも玄人ですが、木蓮襲撃の様子を聞くに気が短いようで。しかし柔軟な貴方を雪定様に宛がわないというのは愚かな行為です。幸い五四六さんも器用な方なので、対応できるかと」

その言葉に明さんはぐう、と唸る。宿木さんの言葉は全部理にかなっているように思える。と言うか梟さんいつの間に木蓮を襲撃したのだろう。しかしそこはまた触れてはいけない場所なのだろう。忍びという仕事は、一筋縄ではいかないのだから。

何も言わない私に、何故か不思議そうな顔を向ける月丸。何が不思議なのかは分からないが、私は小さく「大丈夫だよ」と言って薄く微笑んだ。

「受け取っていただけますね?明」

そう言って宿木さんは微笑みかけたが、顔にはしっかりと「まだ言葉が足りないとは言わないですよね」と書かれていて、明さんは渋々と書を受け取った。しかし、チラチラと梟さんを見ている所は、まだ完全に納得していないのかもしれない。

「入り込む手段は問いません。結果が全てです。ああ、後明にはこれも」

と言って継と書かれた書を明に差し出した。

「継、ってことは雪継様?」

「はいそうです。五四六さんから雪継様には警護がこっそりついているとのことですので、六三四さんで単独で行動してもらいます。無邪気で何事にも臆さない六三四さんには適任でしょう。五四六さんと合流するついでに、六三四さんには夜に警護をしてもらいながら書かれていることを、と伝言頼みますね」

「……へーい」

あまり気乗りしないのか、明さんは覇気のない声で応えるが、それでも書を受け取り懐に収めた。

ブツブツと不平不服を呟く明さんを宿木さんはぺしりと叩き、今度は梟さんと暮麻さんに向き直った。

「では、お二人には雪綱さまの所に。暮麻さん、梟さんの制止頑張ってくださいね」

「それはいいのだが……宿木殿の護衛を外れてもいいのか?」

むう、と口をへの字に歪めて暮麻さんは言った。

「そう言えば、お兄さんから宿木さんを護衛するように、って言われているんだったっけ?」

暮麻さんはその言葉に、応、と答えた。暮麻さんのお兄さん崇拝っぷりは物凄い。

「だからすまないがその指示には……」

「応えられない、ですか?」

「ああ」

「ですが暮麻さん。真座さんはこうも言っていませんか?この任務に限り自分の命令と私の指令が違うときは私の指令を優先させろ、と」

「……、……。これも店主の命令、だな」

こくり、と頷いた暮麻さんは、もう仕事の方に意識を変えたようだった。きりりとした目で宿木さんを見、宿木さんから綱と書かれた書を受け取った。梟さんは凄く不服そうだったが、仕事は仕事と割り切ったのだろう。ふてくされたように明さんの膝の上に転がったが、結局口には何も出さなかった。ズズズ、と音を立ててお茶は啜ったのだが。

「んー。明さんと五四六が雪定様、六三四が雪継様、梟さんと暮麻さんが雪綱様ってことは……」

と、ちらりと宿木さんを見やると、宿木さんはよく出来ましたと優しく微笑んだ。

「はい、しのぶさんと月丸さん、それから私で番外編です。でもって指示は私の頭の中にあるので……はい、こちらの書は白紙だったりします。てへ」

こつん、と拳で軽く頭を叩く宿木さんに、なんだか意味の分からない狐につままれた気分だった。

「どういう方向のお茶目なのそれ!?ねえもしかして宿木さんとやどちゃん混ざってない?宿木さんだよね!?」

「はい、私ですよー、うふふ」

そう言いながら白紙の紙を目の前でゆらゆらさせている宿木さんに、二言を重ねようと顔を近づけたが、その口は宿木さんの人差し指によって遮られた。

「ですが、私との行動は難易度高いですよ?」

きらり。宿木さんの宝石のような赤い目が光ったと思ったら、ちゅ、と頬に口付けられた。

「え」

「え」

「え」

「んふふふふー」

満足そうな宿木さんに、誰からと言わず「あ―――――――!?」と声が上がった。誰がその声をあげたのかは判別できなかったが、私はただ背中に冷たいものを感じているだけだった。
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