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空木が空く前に 四(裏話と発展)

※今回はシンザ視点ではなくしのぶちゃん視点にさせていただきます。原作のイメージを崩したくない方はブラウザバックおなしゃす!


「ふう・・・・・・」

「終わったか、しのぶ嬢」

「あ、おにい・・・じゃなくておねえさん、待っててくれたんだね」

「ああ。店主は月丸殿のところへ戻った。『女の子だけにしてごめんね。でもくれまちゃん強いから安心してね』と言付かっている」

「おにいさんって・・・なんでこんなに気を使えるのかなぁ・・・・・・・月丸でもこんなに分かってくれないのに」

「・・・女タラシだからだ。月丸殿はそのままがいい」

「そうなの?」

「そうだ」

「そっか・・・おねえさんがそういうならそれでいい・・・のかな?」

「応」

そうは言ったものの月丸がもっと私のことを分かってくれたらいいのに、って思わずにはいられなかった。子ども扱いじゃなくて、おにいさんみたいに女の人として扱ってくれたらいいのに、って思わずにはいられなかった。それくらい月丸に対しての思いは大きい。

「・・・私も、もっと可愛かったり、おねえさんみたいに大きかったら月丸も子ども扱いしないのかな・・・」

「変わりたいのか?」

「え?」

「私は、そのままでもいいと思うが・・・お前が変わりたいと願うのならその手伝いをしてやろう」

「え?え?どういうこと?」

「・・・ついて来れば分かる。決断するのはお前自身だ」

「私自身・・・」 

そう言われて、鼓動が早くなった。

変わりたい。月丸が振り向いてくれるような女の人になりたい。

でも、おねえさんが言っているのは自然にそうなることじゃない、ってことは感じた。ずっとそのままじゃいられない、魔法のようなものだってことが。

「どうするのだ、しのぶ嬢」

ドキドキしすぎて頭がくらくらする。

本当に変われるのなら、月丸がビックリするくらい変われるのなら、それなら私は・・・・。

「・・・魔法をかけてやろう」

おねえさんが左手を差し出す。

おねえさんは女の人なのに王子様みたいな仕草だった。

心臓が喉から出てしまいそうだ。そんな感覚を抑えながら、そっと手を重ねた。

「・・・お願い、します」

「――応」

そう言って、おねえさんは初めて笑った。見た目はちょっと男の人みたいなのに、その笑顔は女の人の艶っぽさがあって、私はちょっとだけ驚いた。


「こっちだ」

「ここは・・・?」

「この店の更衣室のようなものだ」

「すごい・・・・・・・」

月光と行灯に照らされた更衣室は、今まで本の挿絵でしか見たことのない場所だった。

大きな箪笥が二つもあって、鏡台と大きな姿見があって、鏡台の周りには化粧道具がたくさんあって。その一つ一つが綺麗な宝物みたいで、私はただただ目を丸くするしかなかった。

「よし。では早速着替えるか」

「え、ええ!?」

「これも『魔法』だ。ほら、脱がすぞ」

「わわわ」

「ほら、手を水平にして」

「は、はい!」

おねえさんは手慣れた手つきで今着ている着物を脱がし、淡く色のついた襦袢を着せる。

「店主の物で悪いが、物はいいしそれほど着ていない。洗濯もしてある。もっと余裕があれば買い付けたのだがな。すまない」

「買い付け・・・えええ!?そこまでしなくてもいいよ!」

「いや、店主が『とことんもてなす』と言ったら、必然的にそうなる。肌触りはどうだ?」

「えっと、すごくいいです」

「それはよかった。若い時とは感覚が違うからな。少し不安だったんだ」

「えと、おねえさんは何歳なの?」

「数え年で十六だ」

「じゅうろく・・・」

思ったより歳が近かった。おねえさんは何を食べたらこんなに大きくなれたのだろう。

そんなことを思っていたら、お姉さんは立て掛けてあった赤い着物を手に取った。

「次はこれだ。手が下がっているぞ」

「え。こ、これ私が着るの?」

「応」

――こんな展開になるとは思っていなかった。

実は、部屋に入ってからずっと、この着物が可愛いな、って思っていた。お姫様が着るような物を、まさか自分が着ることになるとは思っていなかった。しかしおねえさんはそんな私を知ってか知らずかてきぱきと着付けていく。

「ええと、すまないが腰ひもをくくるからちょっとこのまま持っていてくれないか?」

「あ、うん」

私の背丈に合わせられた着物を、お姉さんが括り付けた。そのまま流れるように後ろに回り、しわを伸ばす。

「よし。あとは帯と、帯飾りをつけて・・・よし、完成だ」

「わぁ・・・・・・・・」

感動・・・というか実感がわかなかった。おねえさんは姿見を見ながら着付けてくれていて、だから当然のように私自身もそれを見ていたのだけれど、そこに映っているのが自分である実感がない。これこそおねえさんの『魔法』なんじゃないかと疑ってしまいそうになる。

でも、そこに映っているのは見慣れた私自身で、なんだか頬が熱くなってきた。

「ありがとうおねえさん!私、すごくうれしい!」

「何を言っている」

「え?」

「まだ、『魔法』は終わっていないぞ?」

そう言って、おねえさんは二回目の笑顔を見せた。さっきのような綺麗なものじゃなくて、ちょっとからかっているような子供みたいな笑顔。

「え、ちょっと、おねえ、さん・・・?」

「まだまだこれからだ。覚悟しろよ?」

右手に白粉。左手に櫛。それが意味することは、子供の私でも分かった。分かってしまった。

「え?あ?え・・・・!?」 

「では、参る」

「まっておねえさ・・・うわあああ!?」




―――――――――――


「そろそろかな?」

「ん?」

障子の向こうから、月丸とお兄さんの声がする。ドキドキとビックリと、ちょっとだけの期待が混ざって、私の頭の中はいっぱいいっぱいだった。

「待たせたな、店主」

おねえさんが綺麗な動作で障子を開ける。私がたっている場所から月丸もお兄さんも見えないから、多分こっちも見えていないんだろうけど、すごく恥ずかしくなった。

「それほど待っていないよ」

クスリ。おにいさんが小さく笑った。

やっぱり私の格好は変なのかな?おにいさんからはこっちが見えているのかな?

不安で不安で、泣きたいような逃げ出したいような気分だ。

「しのぶ。出たらどうだ?」

「え、あ、だって、私似会ってないし・・・」

「姿見で見せただろう。太鼓判を押す。月丸に魅せてやるといい」

「いいよー、着れただけで嬉しいし・・・」

「可愛いね、女の子は」

「おい、どういうことだ」

ふふふ、と笑って、おにいさんが障子の向こうから回り込んできた。

ちょっとだけびっくりしたような顔をして、それからおにいさんはとろけるような笑顔で言った。

「ほらほら、似合ってるから」

「え、でも・・・・」

「いいから!」

「うわあ!?」

とん、と背中を押される。

そのはずみでしのぶちゃんは部屋の中に押し込まれた。

「あ、あのね、月丸・・・・・・・・・月丸?」

コトン、と何かが落ちる音がした。

視線を月丸に向けると、杯がコロコロと畳の上に転がっていた。


「えっとね、おねえさんがこれ着させてくれてね、でね、えっと・・・・・・どう、かな・・・・?」


「・・・・・・・・・・」

「・・・似合わない?」

「・・・いや、似合っている」

そう呟きながら月丸はぷいと横を向いた。似合っていないってことなのかな、ってちょっと不安になったけれど、月丸は嘘は言わない。――という事は、つまり・・・。

「あ、ありがとう!」

「いや・・・・」

「なにこれ初々しい」

おにいさんがそう言っていたような気がしたけれど、それよりも月丸が『似合っている』って言ってくれたことが嬉しかった。

自然と顔がほころんで、月丸のところへ向かおうとしたら、

「「「あ」」」

裾の長い着物なので、つま先で踏んでしまい、そのまま月丸に倒れ掛かる。

「・・・大丈夫か?」 

「え、あ、うあ、ごごごめんね月丸!大丈夫だった!?」

「俺は大丈夫だが・・・」

「よかったぁ・・・!」

にこりと笑うと、月丸はハッとしたようにまたそっぽを向いてしまった。

「月丸・・・?」

「――なんでもない」

月丸はそう言ったけれど、月丸の耳が赤かった。

「お熱いことだな」
「じゃあ、お邪魔虫はここで退散するよ。じゃあねー」

「「え?」」

月丸と私の声が重なった。

振り返った時には、おにいさんとおねえさんは障子の向こうに消えてしまっていた。

「・・・行っちゃった」




次回。二人っきりの二次会行きます(多分

空木が咲く前に 三・後編

宴もたけなわとなってきた頃、しのぶちゃんは僕の裾をくいくいと引っ張ってきた。

「ん?どうしたのかな?」

「えっとね、あの・・・・・・」

「ああ、そっか。随分時間もたってるしね。案内するからついておいで。あ、くれまちゃんもついてきてねー」

「応」

「ごめんね、お客さんを一人にして。足りなかったら僕の分も飲んでていいから」

「ん」

月丸に一言謝り、くれまちゃんが開けた障子から外に出る。

外の空気は夜の香りがして、ひんやりと冷たかった。

「ね、ねえおね・・・じゃなくて、おにいさん」

「なんだい?」

「どうしてわかったの?私が厠に行きたいって」

「そういうところを分かってあげてこそ、一人前の男なのさ」

「・・・月丸は分かってくれない」

「じゃあまだ半人前なのさ」

ふふん、と笑って、家の裏へと回る。

「ここが厠。暗いから気を付けてね。くれまちゃんがいるから、何かあったら聞けばいいよ。じゃあ、僕は戻るから」

「うん、ありがとうおにいさん」

ひらひらと手を振って、月丸くんのいる部屋へと戻る。

すると、月丸くんはもう僕の分の酒まで手を付けていた。

「飲むねえ、月丸くんは」

「ん」

「さて、おかわり持ってくるよ」

「・・・いい」

「え?」

「それより・・・聞きたいことがある」

「・・・何をかな?」

「どうしてここまでするんだ。・・・理由が、分からない」

「さっき聞けなかったから?」

「ん」

「うーん、そうだねえ・・・・・・。月丸くんとこは、一般に紛れる感じの忍びでしょう?」

「ああ」

「そうなると、いくらお金があっても贅沢は出来ない。人並み程度にしかね」

「・・・金作には困っていないが」

「うん、そうだね。でも、贅沢すると目立ってしまう。目立ったら詮索されてしまう」

「・・・そうだな」

「詮索されるのは忍びにとって一番危ない事なんだ。だけど、僕はこうやってお店を開いている。昼は庶民的な団子屋さんで、夜はお偉いさんがお忍びで楽しむ場所。そういう噂はたっているし、実際にそうだ。だから、贅沢していても違和感がない。だから僕が選ばれた」

「・・・お前は、それでいいのか?」

「忍びとして?」

「いいや・・・いいように利用されて」

「――借りだから仕方ないよ。借りを引きずるよりはよっぽどましだよ」

ぷかり、煙を吐く。経過した時間と控えめな足音ににやりと笑った。

「そろそろかな?」 

「ん?」

「待たせたな、店主」

「それほど待っていないよ」

障子で隠れているが、赤い着物がうっすらと見えてほくそえむ。

「しのぶ。出たらどうだ?」

「え、あ、だって、私似会ってないし・・・」

「姿見で見せただろう。太鼓判を押す。月丸に魅せてやるといい」

「いいよー、着れただけで嬉しいし・・・」

「可愛いね、女の子は」

「おい、どういうことだ」

ふふふ、と笑って、障子の向こうに回り込む。

「ほらほら、似合ってるから」

「え、でも・・・・」

「いいから!」

「うわあ!?」

とん、と背中を押す。

そのはずみでしのぶちゃんは部屋の中に押し込まれた。

「あ、あのね、月丸・・・・・・・・・月丸?」

コトン、と何かが落ちる音がした。

月丸くんの方を見ると、杯を落としていた。

運よく杯の中身はなかったようだが、そんなことより月丸くんの様子が笑えた。

唖然とした顔でしのぶちゃんを見つめている。

まあ、それも仕方のない事だろう。しのぶちゃんの化けっぷりには僕も驚いたんだから。

茶色の髪を櫛と簪でまとめ、顔には薄く白粉を塗って紅も挿している。

着ているのは紅い振袖だ。牡丹のような色で、蝶の紋様が織り込まれている。帯は黒で、蝶と月を形どった帯飾りがそえられている。 

クレマちゃんの見立ては素晴らしかった。



「えっとね、おねえさんがこれ着させてくれてね、でね、えっと・・・・・・どう、かな・・・・?」

「・・・・・・・・・・」

「・・・似合わない?」

「・・・いや、似合っている」

しのぶちゃんの視線に・・・というかその姿に耐えられなくなったのか、月丸はぷいと横を向いた。

「あ、ありがとう!」

「いや・・・・」

「なにこれ初々しい」 



そうして、二次会が始まった。

空木が咲く前に 三・前編

「よし。じゃあ二人ともじゃんじゃん食べちゃってね!」

「わー!凄い!」

目の前に並ぶ数々の料理に、しのぶちゃんは顔を輝かせた。

渋い顔をしつつも、月丸くんも驚いていた。

「……この短時間でよくこの料理を用意出来たな?」

「ん?」

煙管を吹かしながら、僕はニヤリと笑ってみせる。

「気になる?」

「……まあ」

「ふふん。それはねー、くれまちゃんのおかげなのです!」

「……こいつの?」

信じられない……いや、疑いを込めた視線で月丸くんはくれまちゃんを見やる。対するくれまちゃんは動じることなく、僕の杯に酒を注いだ。

「ああ、武力行使したわけじゃないよ?そんなことしたら御上が怖いからねぇ。お金積んで、宴会の料理を運んで貰ったのだよ」

「――なぜそこまでするんだ」

月丸くんの眉間の皺が深くなった。

融通のきかない男だなぁ、と思いながら、紫煙を肺に満たす。

「君たちの師匠に借りがあって、師匠が君たちを愛しているからだよ」

「……?」

「ねぇおねえ……じゃなくておにいさん。おにいさんと師匠ってどんな関係なの?」

「――、――」

思い出しただけで吐き気がする。
「――店主とお前たちの師匠は、言わば腐れ縁だ」

「……くれまちゃん」

恨みがましい目を向けるが、この用心棒はそれをさらりとかわし、知らぬ顔で続けた。

「店主が忍びの世界に入ってから、お前たちの師匠に引けを取り、借りを作り、弄ばれていたそうだ」

「くれまちゃん。その言い方はないだろう?」

「私は事実を言ったまでだ」

じとっと睨みつけるが、くれまちゃんは素知らぬ顔で魚を口に運ぶ。口に物を入れたと言うことはそれ以上言うつもりはないのだろうが、くれまちゃんが口にした事だけでも屈辱的だった。

「えーっと、よく分からないけど、師匠って強かったんだね!」

「――て言うか姑息」

「――技、心、体は揃っていると思うが……」

「技と心は兎も角、体は衰えているんだよ。衰えているんだよ!なのに勝てない!!!」

「えと、姑息だから?」

「そう!しのぶちゃんは分かってるねぇ!おかわり!」

「応」

並々と注がれた酒を一気に呷る。

「てことで、二人にはあのくそ爺が羨ましがるくらい贅沢してもらいます!覚悟していてね!」

「いっぱい食べていいの?」

「もちろん」

「ご飯の後にお団子は?」

「他愛ないさ」

「えっと、えっと、月丸もお酒いっぱい飲んでいいの?」

「いや、俺は……」

「いいよ。て言うか飲みなさい」

「……ああ」

「それから……、……」

「うん?」

「あ、やっぱいいの!気にしないで!」

「……ふぅん?」

そうしのぶちゃんは言ったものの、目は口ほどに語ると言うべきか。忍びであってもしのぶちゃんは女の子だった。

「くれまちゃん、用意を」

「応」

何を、とは言わないが、くれまちゃんは分かってくれるだろう。くれまちゃんは、語る言葉は少ないが、その分人の感情を読み取ってくれる。だからこそ、彼女を相棒に出来るのだ。

静かに部屋から出るくれまちゃんに、僕はプカリと煙を吐いた。

「あれ?おにいさんどこへ行くの?」

「くれまちゃんは『おにいさん』じゃなくて『おねえさん』だよ」

「そうなの!?」

「くれまちゃんには、お酒を取りに行ってもらったんだ。ほら、月丸くんどんどん飲んでるし」

その言葉にしのぶちゃんはパッと振り向くと、目をまん丸にして驚いた。

「月丸!いつのまにこんなに飲んだの!?」

「ん」

完全に目が据わっていた。

酔うと人が変わるとは言うが、酒だけでこんなにも無防備になるとは……。流石の僕も驚いた。

が、それを表に出すほど素人ではないので、ヘニャリと笑う。

「このお酒どう?口に合うかな?」

「ん」

「美味しい?」

「ん」

……殆ど反射的に返事をしている。

「困ったな……月丸くんがこんなにお酒に弱いなんて……。計算が狂った」

「計算?」

「なんでもないよ、しのぶちゃん」

そう言ったものの、内心焦っていた。

僕の勘の域を越えていないが、しのぶちゃんは月丸くんの事が好きだ。お団子を食べながら話をしていた時も、もっぱら月丸くんの話ばかりだった。

僕は可愛い子が大好きだ。顔とか見た目とかそんなんじゃなくて、仕草とか心遣いとか、そういう所を含めて女の子が好きだ。そんな女の子が一番可愛くなるのが恋をしている時だ。だから、僕は女の子の恋路を応援したいと思っている。だから、くれまちゃんにアレを用意させたのに……

「当の本人がこれじゃあな……」

そんな僕の心境を知るはずもないしのぶちゃんは、月丸におかわりをさせてあげていた。





―後編に続く

空木が咲く前に 二

「まったく。月丸くんは酷いなあ。僕にとっては顔も商売道具なんだよ?」

「おにいさん大丈夫?」

「大丈夫だよー。しのぶちゃんは優しいねぇ」

しのぶちゃんの頭を撫でながら、月丸くんに向けてにやりと笑った。

ちょっとからかっただけなのだが、月丸くんは予想通り・・・いや、それ以上の表情を見せた。

しのぶちゃんから見えない角度だからというのもあるのだろうが、その溺愛っぷりはいっそ滑稽であった。

くつくつと笑う僕に、しのぶちゃんは訝しげな表情を見せる。

「どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

微笑みかけながら頭をなでると、猫のように目を細める。

「んふふ、かわいいなぁ・・・」 

「店主。布を冷やしてきたぞ」

「あ、くれまちゃんありがとー」

へにゃりと笑いながら井戸水で冷やされた手拭いをおでこに充てる。

熱を持った瘤が冷やされていく。手を当てながら、随分と腫れたもんだと他人事のように思った。

「まさかいきなりおでこを肘鉄されるとは思っていなかったよ」

「・・・やりすぎたことに関しては謝ろう。しかし・・・」

「僕も言い過ぎたね。ごめんよ?」

「う・・・・」

素直に謝れると思っていなかったのか、月丸くんはばつの悪そうな顔を見せた。

僕を責めたてる気であろうことは予測済みだったので、先手を打たせてもらう。罵倒を受けてやるほどお人好しではないし、肘鉄痛かったし。

「さて、お二方。今日はどうするのだ?日も暮れてきたぞ」

「ありゃ。もうそんな時間なんだ」

「しまった・・・夕餉の準備の途中だったのに」

「え、あの大根やっぱりご飯だったんだ」

真面目に悩んでいる月丸くんには悪いが、笑いが込み上げてきた。

夕餉の途中にもかかわらず、しのぶちゃんが心配で探しに来たなんて・・・。しかも大根片手に。

「ふ・・・くく・・・・・・・はっはっは!これは面白いねえ!いいよ、気に入った。今日はここに泊まっていきなよ」

「え、いや、それはさすがn「いいの!?」・・・しのぶ」

しのぶちゃんはパッと顔を明るくした。だが、対照的に月丸くんの表情は硬い。

「だめなの?」

「駄目に決まっているだろう。こんな得体のしれないところに泊まるなんて」

「得体しってるもん!お団子屋さんだよ!」

「そういう意味じゃない!いいか、こいつは俺達を同業者と呼んだんだ」

「だから何なの?」

「――その気になれば、寝首をかくことも出来るというわけだ」

獣のような目だと思った。警戒心を隠すことも出来ていなくて、どこか危なっかしい。

まるで昔の自分を見ているようだ。一人で躍起になって、一人でなんでもできる気になっていて、一人でどうにかしないといけないと思い込んでいる。

哀れだとは思わなかった。しかし、このままでは少々痛い目にあうかもしれない。

そこまで思考を辿り着かせると、そうしている自分に驚いた。会って間もない人間のことを心配しているだなんて。

「僕も老けたかなぁ・・・・・・・」

「いや、店主はまだまだ現役だ。未だに負かすことができない」

「ふふん、今それを言ったら警戒されてしまうじゃないか。それと、君は勝ち方を知らないだけだよ」

「そんな単純なものではない・・・・・・」

「まあ、それは後にしようか。月丸くん。僕たちは君に敵対なんてしていないし、そもそも利益がない」

「・・・・・・お前の主君は誰だ」

「いないよ?」

「――いない?」

「知っての通り、忍びって言うのは大抵一族とか流派とかで君主を決めてたりするけど、それが全部じゃない。僕たちはどこにも属さず、依頼さえあれば前の依頼者さえ殺める。そういう者だよ」

「そうなると、益々信用がならない。帰らせてもらう」

「だーかーらーさぁぁあぁあああああああ!!!ここまで手の内明かしている意味分かってないの!?」

「何!?」

「騙したかったりしたいなら手の内丸っと隠すくらい出来るって言ってんの!!阿呆なの?阿呆なの!?」

「月丸」

「・・・・・・なんだ、しのぶ」

「言ったとおりでしょ?おにいさんは悪い人じゃないって」

「う・・・・・・・・・・」

「あ、そだ。師匠からおにいさんに手紙預かっているんだった」

「え?」

しのぶちゃんはもそもそと懐を漁り、几帳面に折られた手紙を差し出した。

「・・・えーっと。前略。未だに団子屋をしているのならしのぶという弟子に団子を食わせてやってくれ。どうせ金が余っているんだからしのぶに贅沢させてやれ。これは三年前の借りだ――だって?」

「・・・・・・しのぶちゃん、あの糞じじいの弟子?」

「師匠と知り合いなの?」

「――ムカつく」

「店主?」

「ムカつくあのジジイ!!!今まで一切の出来事を意味のないものにしやがった!!!酒持って来い!!!!」

「応」

「月丸くんも付き合いなよ!!!今晩は酒盛りだからね!!逃がさないからね!!!!!」

「いや、俺は・・・・・・・」

「月丸お酒好きなのに?」

「おい、それをいうn「いいねえ!!!」・・・・・・はぁ」


――こうして、二人の強制お泊りが決定した。

空木が咲く前に

「うわあああああああ!かわいいよ、かわいいよぅぅぅうううううううう!なんでこの子こんなに可愛いの!?ああ、お団子はいくらでもあげるからゆっくり食べていいからね!」

「本当!?」

「・・・落ち着けシンザ。言動が危険だ」

プ二プ二のまあるいほっぺた。リスみたいに膨らんだそれは、白魚のように白く、高揚によりほんのり温かい。

シンザは店に偶然立ち寄った『しのぶ』と名乗る少女を満喫していた。

隣で相棒のクレマが鋭い視線を向けてくるが、そんなものは気にならなかった。 だってしのぶちゃんが滅茶苦茶可愛いから。可愛いは正義。可愛らしさがあれば他に何もいらないくらい、シンザは『女の子』という存在が好きなのだった。

「はぅ……かわいいなぁー」

「おねえさんも可愛いね!」

「ん?」

朗らかに笑うしのぶちゃんの目線をたどると、その先には赤く染め上げられ、蝶の紋様がはいった帯飾りがあった。

「こういうの、好きかな?」

「うん!」 

にこっと笑うその顔はまるで太陽みたいで、眩しく思えて、シンザは笑みを浮かべるように目を細めた。

「しのぶちゃんは、本当に可愛いねぇ」

「褒めてもなんにも出ないよ?」

「ぎゅーもダメ?」

「んー・・・・・・・」

しのぶちゃんは団子の串を咥えたまま少し迷ってから顔を上げた。

「おねえさんならいいよ!お団子のお礼!」

「か・・・かわ・・・・・・・」

「川?」

「かわいいよおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ふわっ!?」

シンザはしのぶちゃんをめいいっぱいの愛情をこめて抱きしめた。

予想通りしのぶちゃんの身体はプ二プ二と柔らかく、吸いつくような肌触りだった。

サラサラな髪に頬を寄せながら、お日様の香りがするしのぶちゃんを全身全霊を持って感じる。 このこ可愛い。超可愛い。

「おねえさんくすぐった・・・・・・あれ、おねえさんお胸がないね?」

「んー?」

「からだ、月丸みたいにごつごつしてる・・・・・・・?」

「しのぶとやら」

「なあに?」

暫し思案して、仏頂面のままクレマは告げた。

「そいつは『おねえさん』ではなく『おにいさん』だ。それから・・・・・・・」

カチリ。

「そこで殺気を放っているのはお前の知り合いか?」

刀の柄に手を掛けたクレマから、静かに闘気が立ち昇る。

今にも斬りかからんとするクレマを目で制し、パッとしのぶちゃんから体をを離した。 

「月丸!?」

「お知り合いみたいだねー。斬りかかっちゃあだめだよ?」

「無論、相手が仕掛けてこない限り何もしない」

「それはよかった」

へらりと笑って見せて、大根を持ったまま睨みつけている『月丸』に手を振った。

「お買い物の帰りかな?それともご飯作ってる途中だったり?」

「・・・貴様、何のつもりだ」

「なにがー?」

「しのぶに、手を出して、ただですむと思うなよ・・・・・・・」

「手は出してないよ?全身で愛しただけさ」

「月丸!おねえ・・・じゃなかった、おにいさんは悪い人じゃないよ!私にお団子いっぱいくれたもん!」

「餌付けされたくらいで決めつけるな!」

「でもいい人だもん!」

「うーん・・・信頼されると裏切りたくなるなぁ」

「お前は黙っていろ」

「えー?だって部外者じゃないし。月丸くんって言ったっけ?短気は損気。意地になってちゃあ本当のことは見えないよ?同業者なら分かるでしょ?」

「・・・・・・」

「あ、信用していない?」

まあ、見た目はそうは見られないだろう。女物の着物を纏い、ヘラヘラと笑って、一見隙だらけにしか見えない。信じろと言う方が無理のような気もする。

「まあ、それの是非はいいでしょ 。月丸くんが知りたいのは、僕がしのぶちゃんに下心を抱いているかどうかだよね?」

「・・・まあ、そうだな」

「ないよ?年下の女の子は大好きだけどー、しのぶちゃんはね、小動物・・・りすを愛でる感じ?」

「リス・・・・・・・」

そう言いながら、月丸くんはしのぶちゃんを見た。

「お団子を口いっぱいに頬張ってさ、可愛くないー?」

「・・・・・・・・」

「リスみたいだと思わないー?」

「・・・・・・・・」

「ほっぺたつんつんしたいとおもわないー?」

「・・・・・、・・・・・・・・・・」

「正直になりなよー、しのぶちゃんの○○○を■■■■したり▽▽▽▽したいんでしょ「いうなあああああああああああああああああああ!!!!」どべしっ!?」

そこで僕の視界は闇へと転じた。最後に見たのは僕の身体を固定するクレマちゃんと月丸くんの肘鉄だった。















続かない
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