2012-6-26 09:51
「まったく。月丸くんは酷いなあ。僕にとっては顔も商売道具なんだよ?」
「おにいさん大丈夫?」
「大丈夫だよー。しのぶちゃんは優しいねぇ」
しのぶちゃんの頭を撫でながら、月丸くんに向けてにやりと笑った。
ちょっとからかっただけなのだが、月丸くんは予想通り・・・いや、それ以上の表情を見せた。
しのぶちゃんから見えない角度だからというのもあるのだろうが、その溺愛っぷりはいっそ滑稽であった。
くつくつと笑う僕に、しのぶちゃんは訝しげな表情を見せる。
「どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
微笑みかけながら頭をなでると、猫のように目を細める。
「んふふ、かわいいなぁ・・・」
「店主。布を冷やしてきたぞ」
「あ、くれまちゃんありがとー」
へにゃりと笑いながら井戸水で冷やされた手拭いをおでこに充てる。
熱を持った瘤が冷やされていく。手を当てながら、随分と腫れたもんだと他人事のように思った。
「まさかいきなりおでこを肘鉄されるとは思っていなかったよ」
「・・・やりすぎたことに関しては謝ろう。しかし・・・」
「僕も言い過ぎたね。ごめんよ?」
「う・・・・」
素直に謝れると思っていなかったのか、月丸くんはばつの悪そうな顔を見せた。
僕を責めたてる気であろうことは予測済みだったので、先手を打たせてもらう。罵倒を受けてやるほどお人好しではないし、肘鉄痛かったし。
「さて、お二方。今日はどうするのだ?日も暮れてきたぞ」
「ありゃ。もうそんな時間なんだ」
「しまった・・・夕餉の準備の途中だったのに」
「え、あの大根やっぱりご飯だったんだ」
真面目に悩んでいる月丸くんには悪いが、笑いが込み上げてきた。
夕餉の途中にもかかわらず、しのぶちゃんが心配で探しに来たなんて・・・。しかも大根片手に。
「ふ・・・くく・・・・・・・はっはっは!これは面白いねえ!いいよ、気に入った。今日はここに泊まっていきなよ」
「え、いや、それはさすがn「いいの!?」・・・しのぶ」
しのぶちゃんはパッと顔を明るくした。だが、対照的に月丸くんの表情は硬い。
「だめなの?」
「駄目に決まっているだろう。こんな得体のしれないところに泊まるなんて」
「得体しってるもん!お団子屋さんだよ!」
「そういう意味じゃない!いいか、こいつは俺達を同業者と呼んだんだ」
「だから何なの?」
「――その気になれば、寝首をかくことも出来るというわけだ」
獣のような目だと思った。警戒心を隠すことも出来ていなくて、どこか危なっかしい。
まるで昔の自分を見ているようだ。一人で躍起になって、一人でなんでもできる気になっていて、一人でどうにかしないといけないと思い込んでいる。
哀れだとは思わなかった。しかし、このままでは少々痛い目にあうかもしれない。
そこまで思考を辿り着かせると、そうしている自分に驚いた。会って間もない人間のことを心配しているだなんて。
「僕も老けたかなぁ・・・・・・・」
「いや、店主はまだまだ現役だ。未だに負かすことができない」
「ふふん、今それを言ったら警戒されてしまうじゃないか。それと、君は勝ち方を知らないだけだよ」
「そんな単純なものではない・・・・・・」
「まあ、それは後にしようか。月丸くん。僕たちは君に敵対なんてしていないし、そもそも利益がない」
「・・・・・・お前の主君は誰だ」
「いないよ?」
「――いない?」
「知っての通り、忍びって言うのは大抵一族とか流派とかで君主を決めてたりするけど、それが全部じゃない。僕たちはどこにも属さず、依頼さえあれば前の依頼者さえ殺める。そういう者だよ」
「そうなると、益々信用がならない。帰らせてもらう」
「だーかーらーさぁぁあぁあああああああ!!!ここまで手の内明かしている意味分かってないの!?」
「何!?」
「騙したかったりしたいなら手の内丸っと隠すくらい出来るって言ってんの!!阿呆なの?阿呆なの!?」
「月丸」
「・・・・・・なんだ、しのぶ」
「言ったとおりでしょ?おにいさんは悪い人じゃないって」
「う・・・・・・・・・・」
「あ、そだ。師匠からおにいさんに手紙預かっているんだった」
「え?」
しのぶちゃんはもそもそと懐を漁り、几帳面に折られた手紙を差し出した。
「・・・えーっと。前略。未だに団子屋をしているのならしのぶという弟子に団子を食わせてやってくれ。どうせ金が余っているんだからしのぶに贅沢させてやれ。これは三年前の借りだ――だって?」
「・・・・・・しのぶちゃん、あの糞じじいの弟子?」
「師匠と知り合いなの?」
「――ムカつく」
「店主?」
「ムカつくあのジジイ!!!今まで一切の出来事を意味のないものにしやがった!!!酒持って来い!!!!」
「応」
「月丸くんも付き合いなよ!!!今晩は酒盛りだからね!!逃がさないからね!!!!!」
「いや、俺は・・・・・・・」
「月丸お酒好きなのに?」
「おい、それをいうn「いいねえ!!!」・・・・・・はぁ」
――こうして、二人の強制お泊りが決定した。