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空木が咲く前に 十九

おにいさん達と買い物に行ってから、私はどこか上の空だった。

好意に対して、私は上手く返せなかった。

その事が、どこか悲しくて、つらい。

私は小さくため息を吐き、横で刀の手入れをしていた月丸の肩に、頭を預ける。

「……どうした?」

「うん……ちょっとね」

訝しげな月丸の態度に、私は緩く目をつむる。

きっと、この変な劣等感は、共有していいものじゃない。そう、本能的に思う。

全部ぶちまけたら、きっと私はすっきりするだろう。だけど、その分月丸は心配したり、落ち込んだり、もしかしたら同意されないかもしれない。

それが、怖い。

「しのぶ?」

月丸はゆっくりと刀を鞘に収め、此方を窺う。

それと殆ど同時に、障子が開いた。

「しのぶちゃん、月丸!お仕事入ったよ!」

「長期間の護衛と、敵勢力への襲撃、だそうだ」

そう言いながら、六三四と五四六が入ってきた。

「長期間?どれくらいだ?」

そう月丸が聞き返すと、六三四は顎に指を当てながら答えた。

「んー。よく分からないけど、命のほしょーができるまで、だって」

「狙っている相手は?」

もう一度問うと、今度は五四六が返す。「それが分からないらしい。とある大名からの依頼だから、恐らく血縁の者か、もしくは別の領主か……。それを調べるのも依頼だそうだ」

「……長くなりそうだね」

「ああ。誰が敵であるか分からない以上、お庭番も宛には出来ない。だから此方に回ってきた」

「そっか」

そう言いながら、私はどこか安堵した。

これで、暫くはおにいさんと気まずいことにはならなそうだ。

「あ、あと、配置とか決めるから、じいさんの部屋に集まってね」

「うん。手入れしてた忍具片付けてすぐ行くね」

そう言いながら、私は手裏剣やクナイを箱に詰め直した。

暫く、彼らが頼りになりそうだと思いながら。








――――――

「ふふーん?」

その夜、真座は煙管を蒸かしながらある手紙を読んでいた。

一見して、ただの近況報告のようだが、ある法則をもって読めば、まるで別の内容になる。

「くれまちゃーん、しのぶちゃん達が殿側についたってー」

「……そうか。嬉しそうだな、店主」

「分かるー?」

「応」

「じゃ、後はやること、分かるよね?」

「支度をしてこよう」

「うん。よろしくー」

軽く手を振って暮麻を退出させると、真座は碁盤に石を置いた。

パチリ

夜の静けさに、音が響く。

「さあ、ようやく幕開けだ」

口付けの規則

朝、俺は梟さんの頬に口付けをする。

梟さんは眠そうな顔をしながら、俺を蹴り、朝餉に向かう。

おやつ時、俺は茶菓子を届けるのと一緒に、梟さんの手に口付けを落とす。

梟さんは、鬱陶しそうな顔で「お菓子もう一つ」と言った。

夜、俺はこっそり梟さんの部屋に赴き、首筋に口付けを落とす。

これが俺の日課。

「ねぇ〜、そんなにちゅっちゅやってて飽きないの〜?」

「飽きる?そんなことないよ。梟さんは、その……特別だから」

「特別〜?じゃあ、なんでこんな焦れったい口付けばかりするの〜?」

「俺がここに来る以前にいた一族……そこだと、口付けはとても大切なことだから」

「へ〜?」

「儀式とか、そういう時と、あと一生添い遂げる相手じゃないとしたらいけないんだ」

「うぇ〜、一生とか本気で言ってるの〜?」

梟さんは苦々しい顔でそう言った。

まあ、そうだろう。梟さんは、一生、とかずっと、とか、そういうものは信じていなさそうだし、寧ろ嫌っていそうだ。

「うーん。昔のことだから、ずっとって意味でやってるんじゃないよ。梟さん、そういうの好きじゃないだろ?」

「まあね〜」

「だから、堅実に『明日も一緒にいれますように』って口付けするんだ。もちろん、明日も」

「……それを、ずっと、って言わない?」

「そうかも」

へにゃりと笑って見せると、梟さんは暫く真顔になって、深い息を吐いた。

「明の考えること分かんない〜」

「まあ、俺と梟さんだと、価値観とか違いそうだもんな」

「へ〜?そこは分かるんだ〜?」

「……馬鹿にしてる?」

「それも分かるんだね〜?」

ケタケタと愉快そうに笑う梟さんに、俺はまた嬉しくなる。

「Auf die Hande kust die Achtung, 」

「は?」

「Freundschaft auf die offne Stirn,
Auf die Wange Wohlgefallen,
Sel'ge Liebe auf den Mund;
Aufs geschlosne Aug' die Sehnsucht,
In die hohle Hand Verlangen,
Arm und Nacken die Begierde,
Ubrall sonst die Raserei. 」

「……呪文?それとも暗号?」

「意味は分からないけど、口付けの儀式の時に言うんだ」

「ふ〜ん?」

「梟さん。俺からの口付け、受け取ってくれる?」

「今更何言ってるの〜?」

「これからやるのは、ちょっと特別な口付け」

「……それを受けるに当たって、私の利点は?」

「俺は、梟さんだけの物になる」

「……じゃあ、何やってもいいの〜?」

「梟さんが望むなら」

「今と変わらない気がするけど〜?」

「変わらないものが欲しいんだ」

「じゃあやだ〜」

「――、そっか」

じゃあ、

そう言いながら、俺は梟さんを布団に押し倒した。

「飼い主に噛みついても仕方ないよね?」

「駄犬に私を満足させられるかな〜?」

「でも、俺、上手くなったでしょ?」

「最初よりはね〜?」

そう言って、俺達はどちらかともなく口付けを交わした。

犬神明の思い

初めて梟さんに出会った時、俺は彼女を何としても見ていなかった。




犬神明の思い




この店が襲われる。

それは、大して珍しいことではなかった。

月に一度は襲撃され、その度に打ちのめす。

そうしていれば、いつしか襲撃は途絶えるのが普通なのだが、この店の特性が故にそれはなかった。

他愛のない噂話から、城の見取り図。お上の恋愛事情に収賄の記録。

この店は、水に飢えた大地のごとく、情報を集め集め、蓄積していく。

梟さんも、そんな襲撃者としか見ていなかった。

血にまみれた姿を美しいと、チラリと思っただけで、それ以上はない。

殺されるのだろうな、と他人事のように思っただけだった。

しかし、そうはならなかった。

旦那の気紛れか、それとも大局的な考えなのか、俺には計り知れなかったけれど、梟さんは生かされた。

そんな彼女に、俺はある日お茶と団子を持っていった。

梟さんはチラリとこちらを見ただけで、それ以上はなかった。

旦那の前では表情が現れるのに。

それを悔しく思うと同時に、旦那なら仕方ない、と思った。

手口八丁で旦那に適う相手は、俺が知っている中で右手の指で数えるに足りる。

そんな相手と比べる方が愚かだ。

愚かだけど。

旦那に見せる顔を、俺から引き出したくなった。

どんな風に笑うのだろう。どんな風に泣くのだろう。

無表情な梟さんと接していくうちに、その思いは募っていく。

思い付きで庭に咲く花を手折り、茶菓子に添えてみた。

すると彼女は薄い笑みを浮かべ、その花を、握りつぶした。

想いを手荒く蹴飛ばされた気分だった。

しかし、それで傷つく程柔ではないので、少しずつ、彼女に歩み寄る。

突き返されても、無視されても構わない。ああ、何度でもそうすればいいさ。

絶対に、逃がしてはやらないから。

純情失踪事件 後編(R18)

純情失踪事件 前編(エロ無し)

とある日の朝方。

「梟さ……」

「はいはい、明くん明日の仕込みまだでしょう!」

とある日の昼間。

「梟さん!」

「明くん、お客さんが呼んでるよー」

またとある日の夕暮れ。

「き、梟さん!」

「はいはい、今日は団体さん来るから忙しい、でしょう?」

……と、このように、明は私との接触をおっさんに阻まれている。

事の発端は、今から約一週間前に遡る。



おっさんの自室。来るのは初めてではないが、改めて見ると、だだっ広い。そこの上座におっさんが煙管くわえて偉そうに座り、明と、ついでになぜか私もおっさんの前に座らせられていた。

おっさんは肺いっぱいに紫煙を吸い込み、吐き出しながらこう言った。

「――明くん」

「はい……」

「お給料前借りしたい、ってのはどういうことかな?僕、十分なくらいお金渡してるつもりだったんだけど。しかも今月に入って二回目とか、なにやってんのかな?」

「それは……」

言いよどむ明に、おっさんはチラリと目線だけ此方に向ける。

「きょーちゃん。何か言うことは?」

「私、悪いことなんてしてないよ〜?」

「していない……?」

おっさんの目が、ギラリと光る。

「してなくてこんな事になるわけないでしょ!僕知っているんだからね!きょーちゃんが毎日のように甘味屋巡りして、雪松屋とか大店のたっかいお菓子買いまくって、その代金を明くんに払わせていることくらい!」

「うっさいな〜。そんな大きな声出さなくても聞こえるよ〜?」

「これが大声出さずにいられますかああああああっ!!!」

ガンッ、と、おっさんは威嚇するように、煙管を灰皿に叩きつける。

明は馬鹿正直にビクリと肩を跳ねさせるが、私はそっぽを向いた。

「『笑顔』の条件は明も承知してるんだよ〜?なんで私まで呼ばれたの〜?」

「明くんにはもう言ってるの!何回も!なのに直らないからきょーちゃん呼んだの!明くんからせびるのやめなさい!」

「え〜……ウザッ」

「こ、この子ってやつは………っ!!」

「真座さん、落ち着いて!梟さんは悪くないんだ!」

「そうだよ〜」

「ええい、だまらっしゃい!もう、禁止!明くんときょーちゃん近づくの禁止!これは命令ですっ!」






……と、まあこういう経緯があって、明は今日もしょぼくれている。

しかし、私には実害はあまりない。

甘味はわざわざ買いに行く必要はないからだ。ここ団子屋だし。

ただ、いくら美味しいものでも飽きは来る。

飽きない工夫はされているのだろうが、それも一定の期間があれば、飽きは来てしまう。

そろそろ雪松屋の練りきりが恋しくなってきた。

「はぁ……」

なんで私がこんな思いをしないといけないのだろう。

なまじ贅沢を知ってしまったら、それから引き離されるのは、なんか、辛い。

からかう相手もいないし。

「はぁ……」

二度目のため息を吐き出すと、そっと机にお盆が置かれた。

それには、ホカホカのお茶と、少し不格好な練りきり。

ハッと顔を上げると、そこには笑顔を張り付けた……確か松という店員がいた。明じゃなかった。

「……これは?」

「明さんが作ったんだそうですよ。あと文を預かっていますよ」

「文……?」

お盆を見ると、確かに茶器に隠れるように二つ折りにされた紙があった。

「では、確かに渡しましたからね?」

そう言って、店員はまた仕事に戻っていった。

それを見送ってから、私は紙をそっと開く。

『格好までは上手くいかなかったけど、俺なりに雪松屋の味を再現してみた。大好きだよ、梟さん』

「……ふぅん?」

そう呟いて、練りきりを口に運ぶ。

すると、口に広がる上品な甘さ。すぅ、と鼻に抜ける感じ。後味の良さ。

舌が肥えていないから細かいことは分からないが、雪松屋の物に似ている気がした。

「……明のくせに」

大店の味を再現するだなんて。

そして、ふと思い出した。

明が、私が行く店々で「ひとくちちょうだい」と言っていたことを。

ああ、そうか。

明は、恋人ごっこをしたいのではなく、味を学ぶために一口を要求していたのだ。

「明のくせに……」

私はもう一度呟いた。

紙の端に小さく書かれた『今夜部屋に行ってもいい?』という分を見つけたから。
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