スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

空木が咲く前に 二十後半

「でっひゃっひゃっひゃ!!!!」

「ぶほぉwwwwwwwwwwこwぽwおwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

「お兄さんも師匠も笑いすぎだよ!月丸が可哀そうだよ!」

「ごめ、ご、……ひー!」

「もう!」

てんつくてんと三味線の音が響く中、お兄さんと師匠は畳をバンバンと叩きながら笑い転げていた。

あの後、明さんはむさしとこじろーによって月丸から引きはがされ、とりあえず一発殴った後に、正気に戻った明さんにお詫びとして店に招かれたのだった。今回は、皆で。

「それに、しても!明君は突拍子もないことするねえ!」

「月丸もひょいひょい唇を奪われおってwwwwwwwwwざまあwwwwwwwwwwwwwwwww」

「いや、だってね旦那。梟さんが月丸さんのこと好きなら、月丸さんを俺の物にしたら梟さんも俺のものになるから。誰も傷つかない方法だろ?」

「――明。取り合えず一発殴らせろ」

「え、ちょ、姉御!?なんで!?」

「月丸ー。いつまでも端っこで落ち込んでないでこっちおいでよー!料理美味しいよー?」

「俺は、いい……」

「月丸さん……気持ちは分かるが、そう落ち込むn「ぎゃああああああああああああ!?!?姉御!!抜刀は駄目!!駄目だって!!」

「煩い。間男は死ね。というか男は死ね」

「姉御の男嫌い相変わらずっすね!!」

「くれまちゃーん。切傷は駄目だよー?」

「心得た」

「そういう問題じゃない!!」

「ぶふぉwwwwwwwwwwwwwwwwwごほっwwwげはっwwwwwwwwwwwwwwww」

「師匠……むせるほど笑わなくてもいいじゃないですか」

「だってのうwwwwwwwwwwwこんな阿呆にお前がwwwwwwwwwwぷぎゃああああwwwwwwwwwwwwww」

宴、混沌としすぎていて、突っ込みというか実況というか、いろいろ追いつかない。というか収集がつかない。

もう、諦めよう。

そう腹をくくり、私はお膳に箸を伸ばした。

「あ、美味しい」

純粋に料理は美味しかった。

臭みのない魚。酒蒸しにされているのか、ふんわりと独特の香りがする。一緒に蒸された野菜と一緒に食べると、味が更に広がる。

飾り切りされた胡瓜の浅漬け。小毬のお麩が入った上品なお吸い物。

見た目も味も、私には非の打ちどころがなかった。

それを、作った本人がお姉さんから逃げつつ蹴り散らかしているのはどうかと思うが、まあ真剣で追われたら私もそうするだろう。

お姉さんの表情は、本気だ。

「明さんって、なんか残念な人だよね」

「確かにね〜」

どことなく呟いた言葉に、さっきから押し黙っていた梟さんが肯定した。

「梟さんもそう思う?」

「まあね〜。アレには困ったもんだよ〜」

「え、えと、梟さんと明さんってどんな関係?いつも一緒に来るけど」

「都合のいい男かな〜?」

「そうなんだ……」

ここで、梟さんから『男女の関係』と聞ければ、私は少し安心できただろう。

明さんが月丸に口付けをしたのは、驚いたし、嫌だと思ったけど、それ以上に梟さんの思いが怖かった。

私にはそっけなかったり、辛いことを言う梟さんだけど、月丸の前では笑顔を見せて、女っぽい少し高めの声をだしたり。そんな梟さんから思わせぶりな言葉を聞くと、疑問が確信に変わりそうで怖かった。

「梟、さん」

「なに〜?」

「私……負けないから。ぜったい、負けないから」

てんつくてんと、騒音の隙間から三味線の音が聞こえる。

それをどこか遠くに感じながら、私は梟さんを睨み付けた。

なんて勝手な言葉だろう。だけど、言わないでおくには気持ちが大きすぎた。

梟さんであろうと……いや、誰であろうと、月丸のことに関しては負けたくなかった。

涙腺が悲鳴を上げる。

だけど、ここで泣いたら、それこそ負けだ。

ぎっ、と音が鳴りそうなほど、眉間にしわを寄せる。

そんな私を見て、梟さんはなぜか嬉しそうに、

「せいぜい頑張ってね〜?」

と、笑って言った。

空木が咲く前に 二十前編

「月丸、しのぶちゃん、おひさー」

「お邪魔しまっす」

「あ、梟さんに……明さん、だっけ?」

「うん。覚えてくれていて嬉しいな」

一族総出で荷物を片付けている中、二人はやってきた。いつも通り、明さんは荷物持ちとして。

「今日はね〜、小岩屋の菓子折り擬き持ってきたよ〜。月丸はどこ?」

「擬きって……。まあ、まだ完璧に再現は出来てないけどさ……。てか月丸って梟さんにとって誰?」

「特別な人?」

「「ええ!?」」

明さんと私の声が重なった。

特別……。特別って、恋愛って意味なのかな。それだと………………適う気がしない。

梟さんは強くて、背も高くて、それでいて凛とした美しさがある。

飴色の髪は太陽に反射してキラキラしてるし、まるで御伽噺に出てくるお姫様みたいだ。

そんな中、明さんは明らかに表情を失った顔で梟さんに向き直った。

「特別って、どういう意味で?」

「明だって男なら分かるでしょ〜?」

聞きたくなかった事実だ。

まさか、そんな、でも。

思考がぐるぐる回っていく中、明さんは怖いくらいの笑顔でこう言った。

「……ねえ、しのぶちゃん」

「は、はい……」

「月丸さん、どこ?」

「え、えと、そこの部屋……って、月丸をどうするの!?」

後半を聞いていたかは定かではない。明は乱暴に履き物を蹴り殴り捨て、中庭から縁側に上がり、乱暴に障子を開けた。

スパーン!

いっそ爽快な音がした。

「な、なんだ、敵襲か!?」

「この街治安良くなかったっけー?」

「おい、敵襲は治安云々ではないぞ」

「ま、間違ってないけど、違うよ!」

部屋の中にいた月丸と六三四と五四六は、三者三様の反応を見せる。

斜めから見る明さんの顔は、完璧なまでの笑顔で、逆に怖い。

「月丸さん、誰?」

そう言うと、六三四と五四六の視線が月丸に集まった。

「そう、あんたが月丸さんだね?」

ニッコリ

若い町娘なら一発で落ちるようなとろける笑顔を見せたかと思うと、おもむろに月丸の顎に手を添え……

「「「「あ、」」」」

月丸に口付けをした。しかも、かなり激しいのを。

「……………!?!?」

目を白黒させる月丸。

流れるように着合わせに滑り込む、明さんの節ばった左腕。

呆気に取られる面々の中、珍しいことに梟さんだけは笑っていた。

ご主人様に抱擁を

「リンスきれてた」

そう何気なしに呟いたエリスの言葉を、雑誌を手慰みに読んでいた俺は、その言葉を受け流そうとして……やめた。

それでは面白くない。あとなにか引っかかる。

ああ、そうだ。

「エリンス」

エリスに振り向いてから言った言葉に、エリスは薄く笑みを浮かべた。

またこの遊びだ。

期待を込めてエリスを俺はじっと見詰める。

これから投げかけられる言葉を、堪えられない笑みと共に待つ。

エリスは十分な時間を嗜虐的な笑みを浮かべて置いてから、

「何がエリンスだ―――!!!」

と叫んだ。

そう。待っていたのはその言葉だ。

「ありがとうございます!」

その言葉には、殆ど条件反射のように満面の笑みがついてきた。

エリスは仕方ない、といったような顔で俺の耳朶の裏を撫でた。

「これで満足?」

「うん!!」

「そう」

そう言いながら、エリスは俺の髪を弄び始めた。

決して長くないこの髪を弄っても楽しくはないだろう。だけどエリスはどこか楽しげで、俺も釣られて笑みが浮かび、甘えるように擦り寄った。

笑みで彩られた目と目が結び合う。

それと同時に、唐突に抱きしめたい、と思った。

なので抱きしめた。

というより、抱きついた、と言ったほうが正しいだろう。

エリスの首裏で指を絡め、反応を楽しむようにエリスの顔を見つめる。

どこかしら顔が赤い気がする。悪い気分ではなかった。

「ちょ、何してんのなおちゅう」

「抱きしめたくなった。嫌?」

「嫌とかそんな問題じゃない」

吐息が、近い。

頬にかかるそれは不快なものではなく、寧ろ心地よかった。

「じゃあ、なんで?」

意地悪だろうか。いや、実際そうなのだろう。

エリスは困ったような、複雑そうな顔をしている。

答えと言わんばかりに、エリスは俺の首筋に噛み付いた。

ああ、それじゃあ罰になっていない。

この痛みさえ、俺にとっては御褒美なのだから。

従僕に噛み傷を

「リンスきれてた」

私がそういうと、なおちゅうはまるで天啓を得たように、ハッとした顔で此方に振り向いた。

「エリンス」 

ああ、またか。

そう思いながら私はなおちゅうに微笑む。

なおちゅうはまるで餌を掲げられた犬のような顔でこちらをじっと見ている。

「何がエリンスだ―――!!!」

小さく笑いながらそういうと、なおちゅうは満面の笑みで「ありがとうございます!」と言った。

こういったやり取りは日常茶飯事だ。何度こういうことをしてきたのか、そんなことを聞くのは野暮なくらいに。

なおちゅうの耳裏をそっと撫でながら、私は不適に笑う。

「これで満足?」

「うん!!」

「そう」

まるで犬のようだ。いや、犬のほうが可愛げがない。このように言葉を紡ぐことがないのだから。

なおちゅうの黒い髪を弄びながら、私はなおちゅうをじっと見る。

その様子を見てなおちゅうは私の首に縋り付くように抱きついてきた。

「ちょ、何してんのなおちゅう」

「抱きしめたくなった。嫌?」

「嫌とかそんな問題じゃない」

吐息が、近い。

無意識に鼓動が早まる。

「じゃあ、なんで?」

甘い声で囁かれて、私は小さく身じろぎをした。

卑怯。卑怯、だ。

(くそ……) 

具茶混ぜになった感情をありったけ込めて、私はなおちゅうの首に噛み付いた。
<<prev next>>